2024年度春に実施された国家公務員総合職試験で、東京大学出身者の合格者189人と過去最少となり、10年前の半数以下となった。全合格者のうちの1割以下となったが、背景に何があるのか。現役・元官僚の見解を交えながら追ってみたい。
人事院の発表によれば、試験への申込者数は1万3599人。国家公務員総合職試験の申込者数は年々減少傾向にあり、過去10年間で約4割減となっている。東大出身の合格者も減っているものの、合格者の出身大学別では1位。2位は京都大学(120人)、3位は立命館大学(84人)、4位は東北大学(73人)、5位は早稲田大学(72人)。
「一昔前、キャリア官僚といえば東大、京大をはじめとする旧帝大・その他の国立大学出身者か、私大でも早稲田大か慶應義塾大学の出身者がほとんどだった。今では外務省と財務省はいまだに東大と京大が多いが、他は省庁によってはMARCHクラスは珍しくなく、日東駒専クラスの出身者もちらほらみられるようになった。良い悪いということではまったくないが、大きく様変わりした感はある」(現役官僚)
なぜ東大出身者の志望者が減っているのか。
「東大生は就職先選びにあたり、検討している企業や省庁のOB・OGを訪問してヒヤリングするのが一般的だが、そこで民間の大企業との比較において官僚という仕事に良い印象を持たなかったり、会った現役官僚からストレートに『あまり官僚は薦めないよ』と言われることもある。いまだに長時間残業が常態化しており、大企業と比べれば給与は低く、昔と違い国家公務員という職業にステイタス感はなく、世間からの風当たりも強い。東大生に限らず今の大学生は長期的な視野で自身のキャリア形成を考えた上で就職先を選ぶので、官僚の世界でしか通用しないスキルしか身につかず潰しがきかない公務員が選ばれないのは当然だろう」(官僚OB)
薄れる国家公務員の魅力
3月31日付「日経MJ」記事によれば、23年春の東大の学部卒の就職先としてもっとも多かったのは楽天グループ(G)で、上位10社のうち3社はアクセンチュアなどの外資系コンサルティング会社。大学院修了生では1位はアクセンチュア、2位が日本IBM、3位が楽天Gだという(出所「東京大学新聞」)。
「外資系金融機関や外資系コンサル、総合商社、GAFAなどに受からなかった人が、東大出身者の採用に積極的な楽天Gから『ウチは若手を大きな事業のリーダーをどんどん抜擢するので、若いうちから経営やマネジメントを学べる』と誘われて入ったというパターンも少なからず存在するとみられる。将来的に外資系コンサルやGAFAへ転職するための足掛かりとして楽天Gに入る人も一定数いるだろう」(40代・東大OB)
官僚OBはいう。
「そもそも、東大という大学はキャリア官僚を養成する機関という性格を帯びていたので、東大を出て国家公務員になるというコースは王道だった。かつて官僚という仕事が東大出身者に選ばれた理由は大きく2つあり、国を動かして国家発展の役に立つという『やりがい』と、現役時代の年収は大企業と比べて高くないものの、退職後も天下りを繰り返すことでトータルでみると生涯賃金が高いという点。その両方が崩れたという点がまず大きい。加えて、今の20代は新卒で入った一つの会社に定年までいるという意識が希薄で、上位の大学の学生ほど転職を前提として明確な将来のキャリアプランを描いて就職活動を行う。その場合、どうしても国家公務員という特殊な職業は選択肢から除かれてしまう」
当サイトは23年6月17日付記事『内定者の半数がMARCH級の省庁も…キャリア官僚、私大卒が3割に、東大は減少』で国家公務員の就職状況を報じていたが、以下に再掲載する。
ーー以下、再掲載ーー
中央省庁のキャリア官僚である国家公務員総合職。東京大学出身者が減少傾向をたどって久しいが、2023年度春の採用試験合格者数で一段と拍車がかかった。東大の合格者数(193人)は大学別ではトップだったが、前年度比24人減少。総合職試験が始まった12年度以降最少を記録し、しかも合格者数が初めて200人を下回った。12年度以降の最多合格者数は15年度の459人で、この10年で半分以下に減ったのである。
合格者数の2位以下は、京都大学118人、北海道大学97人、早稲田大学96人、立命館大学78人、東北大学70人。私立大学出身者は634人(31.3%)で、前年の531人(28.4%)から103人増えた。私大出身者の増加を反映して、出身学校数は過去最多の170校で前年度から11校増えた。競争率は過去最低の7.1倍だった。
東大出身者が減って私大出身者が増える傾向は、人材の質が低下したと見ればよいのか。それとも人材が多様化したと肯定的に見ればよいのか。たとえば3月1日付集英社オンライン記事『“東大生の官僚離れ”が加速…早慶の学生にも避けられ、厚労省若手キャリアの半数がMARCH卒レベル? 「過酷すぎる労働時間」「ヒラメ幹部に嫌気」「スキルが学べない」のは本当か?』によれば、厚生労働省にキャリア官僚として入省する内定者の半数がMARCH(明治大・青山学院大・立教大・中央大・法政大)レベルの卒業生となっているという。記事内では「聞いたことがない大学の卒業生も入ってきている」という同省官僚のコメントも紹介されている。
「出身大学の偏差値が変わったことは、あまり人材の質に関係がないと思う」
そう指摘する厚生労働省出身の中野雅至神戸学院大学教授(行政学)が着目するのは競争率である。
「試験問題のレベルは維持されていると思うので、競争率が下がれば合格しやすくなる分、人材の質は下がってしまう。競争率のほうが重要なポイントである。どんな試験でも重要なのは倍率で、人口減少の影響もあるとはいえ、志願者数が減れば競争率が下がるため、人材の質は下がってしまう」
官僚が求められる能力に変化
何をもって人材の質と評価するかは職業によって異なるが、国家公務員は近年、人事評価のあり方が変わったという。
「国家公務員試験で試しているのは基本的に問題処理能力である。知識の量や思考の柔らかさが必要なので、それも試してはいるが、比重的にいえば、与えられた時間で、正確に問題を解けるかどうかを見るのが大きいのではないか。その意味では、大学受験の能力とさほど変わらない。入省後の昇進は、90年代に政治主導体制が築かれる以前は、国家公務員試験の成績や出身大学、OBを含めた仲間内の評判などによって決定されてきたが、内閣人事局に典型的に見られるように、政治主導体制になってからは、政治への対応が求められることもあり、ポジションが上になればなるほど、求められる能力が大きく変わってきている。局長クラスになれば、政局や社会の先行きを見通す力、政治からの指示などに対して冷静な対応ができるかどうかなど、ペーパーテストで試されるような知識や事務処理能力以外の能力が重視されるようになった」(中野氏)
人事評価にはこんな一面もある。ある厚労省キャリアOBが自らの経験を打ち明けてくれた。このOBは内閣府に出向した期間に受けた評価はAランクだったが、厚労省に復帰したらCランクの評価が付けられた。
「内閣府では評価されたのに厚労省での評価が低かったのは、国益にかなった仕事をしたけど、その仕事が厚労省の省益にマイナスだったからだ。こういう矛盾があるから、各省庁からの出向者は腰を据えずに、所属省庁を向いて仕事をするようになってしまう」
こうした実態が知れわたるようになると、他大学よりも就職先の選択肢が多い東大生にとって、官僚の魅力が薄れて「憧れの職業」から外れていく。国家公務員試験の合格者が減少傾向をたどるのは必然である。
離職者の増加に歯止めかからず
インターネットなどを通して官僚の実態が赤裸々に明らかにされ、メディアの官僚叩きと相まって、とうに官僚の社会的地位と職業威信は低下した。すでに「お上」は死語に等しい。政治家との関係のあり方も、官僚の魅力を毀損させた要因のひとつだ。官僚は政策に疎い政治家を巧妙に操っていると流布されるが、現実はさにあらず、乱暴な言い方をすれば、官僚は政治家のパシリのような存在である。
「これだけ政治家との関係が従属的なものになると、官僚は馬鹿らしくてやっていられないと思うはずだ。これまでのように敬意を持って扱われず、一方的にいろいろと命令され、こき使われて何が楽しいのかと疑問に思うようになるのではないのか」(中野氏)
卑近な例ではモリカケ問題をめぐる国会答弁で、財務官僚と経産官僚が、政権に拘禁されて虚言を繰り返す無様な立ち位置を国民にさらした。およそ「ノブレス・オブリージュ」とは程遠く、一片の矜持すらも感じられない姿を見て、青雲の志が芽生えた東大生はいたのだろうか。
官僚人気の凋落は離職者の増加にも反映されている。6月9日に発表された「2022年度公務員白書」によると、総合職試験採用職員の20年度の退職者数は13年度に比べ33人(43.4%)増加した。在職年数別の退職者数は、3年未満、5年未満、10年未満で増加している。それだけではない。内閣人事局が実施した「令和3年度働き方改革職員アンケート結果」を見ると、数年以内の離職意向がある者は6%近い。とく30歳未満で高く、男性 は13.5%、女性は11.4%。若年層で退職以降が高くなっている。
長時間労働や政治家への従属など、さまざまな職場環境の問題は昔から常態化している。この10年で離職者が増えた背景には、転職市場の拡大が挙げられる。厚労省の調査では、08年に335万人だった転職者数はリーマンショックで落ち込んだが、11年から人手不足などを背景に右肩上がりで増え続け、19年に353万人を記録。コロナ禍で落ち込んだが、その後は回復基調にある。官僚の離職者が増えた時期とほぼ合致する。官僚としてキャリアの先が見えず、働きがいを失えば現職に踏みとどまる必要などまったくない。中野氏は「転職市場が整備されたので離職には歯止めがかからないだろう」と見ている。
「官僚の給料が安い」という認識が定着している背景
では、待遇の重要な要素のひとつである給与はどうなのだろう。先の厚労省OBは「仕事がハードでいろいろと辛い思いをするのに、とにかく給料が安い」と語るが、これが典型的な受け止め方である。しかしキャリア官僚の年収に限れば、民間企業の平均を上回っている。キャリアの年収は、大まかに見ると課長補佐(30代)が約750万円、課長(40代)が約1200万円、局長(50代)が約1800万円、事務次官(50代後半)が約2400万円。民間企業の平均年収は「令和4年賃金構造基本統計調査」のデータでは、大企業と中小企業に差はあるが、平均すると課長(48歳)は858万円、部長(52歳)は1000万円である。
この官民格差にあって、なぜ官僚の間に給料が安いという認識が定着しているのか。管理職の仕事は民間企業も官僚と同様に激務で、どちらのほうが激務かは一概に比較できない。中野氏は次のように説明する。
「どの規模の企業と比較するかの問題である。年収の比較対象としてキャリア官僚の頭にあるのは、東証プライム上場企業と外資系企業だ。東証プライム上場の企業の役員なら年収1億円を超えるが、キャリア官僚には、彼らと同じような労力で同じようなレベルの仕事をしているという思いがある。にもかかわらず事務次官でも年収が2000万円台では低いという評価になる」
比較対象の設定が妥当かどうかはともかく、現行の給与水準は官僚にとって納得できる水準ではないようだ。離職防止策のひとつに処遇改善が検討されてもよいだろうが、「2022年度公務員白書」が示した離職防止対策には記載されていない。記載されているのは(1)データを活用した組織改善、(2)求められる知識・スキル等の可視化、(3)府省内の職員情報を活用しやすくする環境整備、(4)人事業務プロセス間におけるデータ共有・活用の強化、(5)各府省人事担当部局の体制増強――など月並みな内容だ。中野氏が問うのは大胆な処遇改善である。
「国民や政治家が官僚を人材資源と捉えて、労働条件を改善しようと意識を変えない限り離職に歯止めはかからないが、国民にも政治家にそういう意識はない。とくに官僚の職場環境に責任感を持つ政治家はいないだろう。都合が悪くなれば役所を叩き、官僚を叩き、それといっしょになってマスコミと国民が叩き出すのだから、優秀な人は官僚をめざさなくなっていく。あえていえば、政治家をめざすとか、あわよくば官邸に入って官邸官僚になるなどの野心を持った人なら、優秀な人でも省庁に就職するだろう。ただ、そういう官僚は野心しか持っていない」
官僚の離職防止策として、何か有効なものはないのか。
「『対策はない』という前提でのお話だが、国民が納得するかどうかはともかく、幹部の年収を相当の高額に引き上げるなど、思い切って労働条件を引き上げたり、省庁で唯一魅力的な制度である海外留学生を拡充したり、民間でもアカデミックな世界でも通用する専門知識を培えると宣伝したりということでしょうか」
今後も転職市場はますます拡大していく。官僚も人材流動化の波にのまれたと割り切る以外にないのだろうか。
(文=Business Journal編集部)