花王のヒット商品「めぐりズム 蒸気でホットアイマスク」の意匠権を侵害しているとして、同社はアイリスオーヤマの「モイスクル じんわりホットアイマスク」シリーズ4商品の販売差し止めを東京地裁に申し立てた。アイリスといえば機能を最小限に絞った商品を安価な価格で販売することで知られているが、このニュースを受けSNS上では「広告見たら似すぎてて」「まあアイリスオーヤマっていえばね」「アイリスオーヤマはそういう商品ばっかり」などとさまざまな反応が寄せられている。アイリスの商品戦略はどのようなものなのか。また、今回のケースでは意匠権の侵害が成立すると考えられるのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。
2007年に発売された「めぐりズム 蒸気でホットアイマスク」は、袋から出したアイマスクを目にかけると約40℃の蒸気が出て、約20分間の使用で気分がほぐれるというもの。無香料タイプのほか5種類の香りのタイプ、メントールinで発熱時間約10分のタイプがラインナップされている。「めぐりズム」シリーズとしては、「蒸気でグッドナイト 首もと あったかパック」「じんわりスチーム 足パック」など首もとや足につけるタイプもある。「日経トレンディ」(日経BP社/2024年5月号)によれば、シリーズ全体で国内だけで年間100億円超(出荷額/23年)の売上があるといい、海外売上も大きい。
一方、今年3月に発売されたアイリスオーヤマの「モイスクル じんわりホットアイマスク」も、約40℃の蒸気の発生が約20分間続くもので、形状や全体の素材が不織布である点なども花王の商品と同じ。花王は「めぐりズム」の利用シーンについて公式サイト上で「朝の仕事前や仕事の合間に」「移動時に」「おやすみ前に」としているが、アイリスオーヤマの「モイスクル」も「お仕事の合間に」「移動中に」「おやすみ前に」と表記している。
なぜアイリスオーヤマほどの大企業が…
また、花王の「めぐりズム」のキャッチコピーは
「ひたる、ひとり時間」
「あったか蒸気が働き続けた目にじ~んわり」
「気分まで奥からほぐれていく」
となっているが、アイリスオーヤマの「モイスクル」は
「がんばった、私の目もとへご褒美タイム」
「頑張った一日に 目元を温かく包み込む」
「心と身体もほぐし気分もリラックス」
となっている。
このほか、アイリスオーヤマの「モイスクル」の商品サイト上の使用時・使用上の注意には、花王の「めぐりズム」とまったく同じ記述もみられる。
ちなみにECサイト「Amazon.co.jp」上では「めぐりズム」の16枚入りが1540円(税込)、「モイスクル」の10枚入りが1013円となっている。
元食品メーカー・マーケティング部門管理職はいう。
「花王は『めぐりズム』について1990年代から商品開発に取り組み、発売後も改良を重ねてきたということなので、20年以上にわたり多額のコストと労力を投下して商品開発を続けてきた。パクリ商品を他社から同レベルの価格で出されては損失を被るので、法的手段を取るのは当然。むしろ、なぜアイリスオーヤマほどの大企業が、これほどあからさまなパクリ商品を発売したのかが気になる」
アイリスオーヤマの商品開発の特徴
アイリスオーヤマとはどのような企業なのか。東大阪の下請け企業として1958年に創業した同社(創業当時は「大山ブロー工業所」)は、1980年代に園芸用品に進出し、ガーデニングブームも追い風となり成長。その後、収納用品や家電製品などに進出し業態を拡張させ、2010年代に入るとLEDシーリングライトやクッキングヒーター、IHジャー炊飯器といった家電商品を相次いで投入。現在では日用品や家具に加え、テレビ、冷蔵庫、洗濯機といった大型家電まで幅広く扱う総合生活用品メーカーとなっている。
国内のほか、米国や韓国、中国、オランダ、フランスなど海外にも工場を持ち、年間グループ売上高7540億円(2023年度)、従業員数6000名を超える日本を代表する大企業だ。
そんな同社の家電商品では、過去にはたびたび品質問題が起きていた。
・09年
ラミネーターにて内部ヒーターの接触不具合により発火事故が発生し自主回収。
・18年
LED照明で発煙事故が発生し自主回収。
・18年
同社が輸入した電気ストーブ(セラミックファンヒーター)から出火し、火災が発生。無償で点検・修理・交換を実施。
・21年
インバーター発電機において部品の不具合により燃料が漏れる恐れがあることが判明し、自主回収。
・22年
「たこ焼き2WAYプレートITY-20WA-R」においてプレート形状に不具合があり、製品本体に正しく固定できない事象が発生。対象プレートを無償交換。
・22年
LEDシーリングライトの回路部分が黒く焦げ付く事象が発生。
このほか、22年には「Bluetoothスピーカー搭載LEDシーリングライト」にて「隣の家などから勝手に接続され音楽を流される」との不具合が報告され、同社は謝罪するに至っている。最近では今年3月、
・冷凍庫を購入したところ天板が歪んでおり、扉が開いている旨のエラー通知が出て使用できない。アイリスオーヤマに問い合わせても交換してもらえず、販売店が交換対応してくれたものの、新たに届いた冷凍庫から常に大きな音がする。
という報告がSNS上に投稿され、話題を呼んだ。
「アイリスオーヤマの商品開発の特徴としては、最初に販売価格を決めて、それから搭載する機能や部材などを決めていくという点が挙げられる。これは大手メーカーの一般的な手法とは逆だが、これ自体は悪いことではないし、結果的に『必要最低限の機能があればよいので、安く買いたい』という消費者のニーズを満たしている。今回の件は、こうした同社の開発手法とはまったく別の話であり、『めぐりズム』という誰もが知るヒット商品が存在しながらも、発売に至るプロセスのなかで、なぜ花王の商品の意匠権を侵害しているリスクが指摘されストップされなかったのかという点が大きな問題。しかも商品の見た目や仕様、使用上の注意書き、キャッチフレーズに至るまで多くの部分で『めぐりズム』と酷似しており、悪質といえる。組織的に確信犯的にやったと受け取られても仕方ない。大手メーカーとして、改めて開発から発売にいたるプロセスを見直す必要がある」(元食品メーカー・マーケティング部門管理職)
相当の金額の損害賠償が認められる可能性
花王は「めぐりズム」について意匠登録、商標登録、特許取得をしているが、今回のケースは意匠権の侵害が成立すると考えられるのか。山岸純法律事務所代表の山岸純弁護士はいう。
「確かに花王は、令和4年11月11日にアイマスクの意匠登録を出願し、令和5年10月17日に登録されております(意匠登録第1756188号)。『意匠』という物に対するデザインの権利のため、言葉にあらわすのは大変な作業らしいのですが(ここら辺は弁理士の職分です)、意匠権登録の際の『物品の説明』には、『本物品はアイマスクであって、マスク本体部の内部には冷却シート又は温熱シートが収容されている。耳掛け部にはスリットが設けられており、当該スリットを広げて耳に掛け、前記冷却シート又は温熱シートの収容範囲が目元に当たるように装着する。』と記載されています。
実際、花王のアイマスクは、目の部分に蒸気が出るようなシートがあり、これがマスク全体に収められ、また、耳にかける部分がついている形状をしております。他方、アイリスオーヤマのアイマスクも、写真を見る限り『目の部分が温かくなるようなシートがあり、これがマスク全体に納められ、また、耳にかける部分がついている形状』をしています。
アイリスオーヤマが、花王が意匠登録の出願をした令和4年11月11日以前からこの商品を販売していたのであれば、法律上、文句は言えませんが、そうでないなら”パクリ”と言われても仕方がないと思います。この場合、意匠法では、アイリスオーヤマが販売したアイマスクの量と、これによって花王が得られなかったアイマスクによる利益に応じて損害が推定されるので、相当の金額の損害賠償が認められるのではないでしょうか。
なお、今回、花王は『仮処分』という手続きを行っております。これは、『訴訟』という1年以上かかる手続きを待っていたら、その間に損害が拡大してしまうような場合に、『とりあえず緊急だから数週間で審理して、ある程度、証拠があるなら認める、ただし、十分に審理して判断するわけではないから、将来、間違っていたときのために担保金を積んでね』という手続きです」
(文=Business Journal編集部、協力=山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表)