米投資ファンドが今さら斜陽産業の携帯ショップの最大手を買収する合理的理由

「gettyimages」より

 米投資ファンド・ベインキャピタルが携帯電話販売代理店の最大手、ティーガイアを買収する。キャリア(携帯電話会社)各社はユーザの加入・各種手続きがインターネット上で完結する方式へ移行しており、それに伴い携帯ショップの店舗数を削減。携帯ショップの経営は厳しくなっている。将来的には先細りしていく業界とみられているが、なぜ今、有力投資ファンドはティーガイアを買収するのか。専門家の見解を交えて追ってみたい。

 キャリア各社は携帯ショップを削減する方針だ。NTTドコモは2024年~26年3月期に全体の3割にあたる約700店を閉鎖する。au(KDDI)とソフトバンクの店舗も年々減少しており、移動体通信・IT分野専門の調査会社・MCAが公表した調査結果によれば、携帯ショップ全体の店舗数は23年8月~24年2月の半年間で235店減少し、7339店舗になったという。

 背景にはキャリア各社がオンライン専用プランを拡充させていることがある。ドコモは「ahamo」「irumo」「eximo」を、auは「povo(ポヴォ)2.0」を、ソフトバンクは「LINEMO」を展開しており、他のプランより割安な料金体系を設定して注力している。また、20年から本格サービス開始した楽天モバイルは当初から手続きがオンラインで完結できる設計となっている。

「携帯ショップの大半は販売代理店会社が運営するもので、キャリアとは別会社なので、本来であれば対等な関係であるべきだが、携帯ショップの経営はユーザの新規契約や契約更新に応じてキャリアから受け取る手数料とインセンティブ(販売奨励金)で成り立っているため、キャリアに生存権を握られている。キャリア各社は数年前から低コストで運用できるオンライン専用プランの拡販に力を入れており、ユーザ側もそれを望むようになった。コロナによる外出自粛も重なり2020年頃から携帯ショップの来店者数は大幅に減り、キャリア各社は携帯ショップへの評価制度の変更などを通じて事実上の手数料・インセンティブの減額に乗り出し、低い評価をつけることで店舗の運営ができないレベルまでインセンティブを減らして閉鎖に追い込むというようなことまで行われている。その結果、携帯ショップ運営会社は大手も含めて経営が苦しくなっている」

 実際に携帯販売代理店の運営会社の業績は悪化している。最大手であるティーガイアの24年3月期の売上高は4490億円で、13年3月期の7368億円と比べると約4割も減少している。同社は今年5月、約200人の希望退職者を募集すると発表している。今後も店舗閉鎖は続くとみられる。

残存者利益

 そんな成長の見込みが低い携帯ショップ業界だが、なぜベインキャピタルはティーガイアを買収するのか。経済評論家で百年コンサルティング代表の鈴木貴博氏はいう。

「携帯販売業界が10年以上の長期にわたって売上減少が続いているのは事実です。通信会社からの販売インセンティブが縮小する一方で、スマホの買い替えサイクルは長くなっています。最近では日本テレメックスやアミックテレコム、トーツーなど携帯電話ショップの運営会社が経営破たんをしています。キャリアショップ最大手のドコモショップは店舗数3割削減を打ち出しています。今後も業界の成長は見込めず、ショップの数はさらに減少していくと予想されます。

 では、なぜ有力ファンドが販売店大手のティーガイアを買収するのかというと、理由は3つあります。業界再編によって逆に規模を増やす可能性があること、縮小する業界のなかで残存者利益が見込めること、そして買収条件が有利なことです。

 ティーガイアは売上高4490億円と業界では2位のコネクシオに倍以上、3位のベルパークに4倍以上の差をつけています。そして4位以下となると急激に企業規模が小さくなります。今後の販売手数料引き下げなどによって下位企業は廃業するか、上位企業に飲み込まれることになるはずです。似たような形でトップ企業が規模を増やした事例に、DVDレンタル業界があります。業界全体が大幅に縮小するなかで業界トップのゲオが相対的なシェアを上げ続け、ほぼ業界一強の地位にたどり着きました。それと同じことがティーガイアも狙えそうです。

 そして今後は競争が減ることで残存者利益が見込めるようになります。ティーガイアは市場が縮小しても耐えられるように、今年5月に200人の希望退職に踏み込んでいます。売上が減少するとはいえ、高齢者を中心に携帯の乗り換えはショップに頼らざるをえない人もいます。そのような消費者人口は大きいので、業界自体がなくなることはありません。今の縮小期を乗り切れば、残存者利益は大きいでしょう。

 さらに今回のTOBの条件は、買収するベインキャピタル側に有利な条件になっています。買収発表直前の株価が3670円だったのに対して、TOB価格は2670円と27%も下回るディスカウント条件となっています。株主にとっては悪い条件であるにもかかわらず、全体の70.1%を保有する2大株主の住友商事と光通信がTOBに応じる姿勢を見せているため、一般株主がTOBに抵抗するのは難しいでしょう。

 住友商事や光通信の側から見ると今回の提案は税金面でのメリットがあるうえに、22年から23年にかけての株価は1600円台で低迷していたわけで、この段階でティーガイアへの投資資金を回収しておくのは悪い判断ではないでしょう」

シニアビジネスと法人営業の分野

 携帯ショップの持つ資産・ノウハウ等を活用によって成長が見込めるビジネス・事業というのは、どのようなものが考えられるのか。

「ここは正直なところ、あまり余地は大きくはないと考えます。ベインキャピタルとしてはあくまで残存者利益狙いが最重要テーマでしょう。ただティーガイアの資産やノウハウを用いた新規領域としては、シニアビジネスと法人営業の分野で可能性がないとはいえません。ティーガイア自体は新事業として女性の健康や生活に関する課題を解決するフェムテックの新店舗を開店しています。ベインキャピタル自体もドラッグストアチェーンや保険代理店の運営に力を持っています。健康や金融商品など高齢者向けのビジネスでの相乗効果は、一定レベルで試行錯誤されるのではないでしょうか。

 また、法人分野では中小から零細企業にかけてIoTやDX、セキュリティなどの需要は一定数あります。これらのソリューションとなる製品サービスの販売代理店として、一定の売上を確保できる可能性はないとはいえないでしょう」

(文=Business Journal編集部、協力=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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