中古車のガリバー、果敢なDX化・AI活用で売上1兆円へ…優秀なエンジニアを採用できる理由

●この記事のポイント
・中古車市場大手の「Gulliver」を運営するIDOM、DX化を積極的に推進
・DX実行部隊となるIDOM Digital Drive(IDD)を設立した目的の一つがエンジニアの採用
・CRMシステムの作り直しでプロフィット・マネジメントからプロセス・マネジメントへ転換
国内中古車市場でトップクラスのシェアを誇り、2025年2月期には過去最高益を達成した、「Gulliver(ガリバー)」の展開・運営を行うIDOM。実は同社はかねてよりIT活用に積極的な姿勢で知られており、現在は総額50~60億円規模を投資する「顧客接点システム」の開発に取り組むなど、果敢にDX化を推進している。昨年9月には、エンジニアを抱え同社のDX(デジタル・トランスフォーメーション)実行部隊となるIDOM Digital Drive(IDD)を設立し、さらなる成長加速を追求している。その経緯や取り組み、今後のDX戦略について、IDOMのデジタル戦略本部責任者とIDD代表取締役社長を兼任する野原昌崇氏に聞いた。
●目次
- IDOM Digital Driveは「Gulliver」ブランドにDXでドライブをかける
- IDOMはシステムの力で、利益を創出する仕組みを転換する
- 「AIによるニーズ掘り起し」と「業務効率化」で収益貢献を追求
IDOM Digital Driveは「Gulliver」ブランドにDXでドライブをかける
IDOMはDXの推進にあたり、経営陣直下のデジタル戦略本部とは別に、100%子会社ではあるものの、別会社としてIDDを設立している。その理由は何だろうか。
「IDOMには『あなたの人生を彩り続ける、「まちのクルマ屋」に挑む。』というミッションステートメントがあります。その子会社でありIDOMのDX戦略を担うIDDの目的は、IDOMのミッション実現の途上で発生する「リソース調達の壁」という障害を取り除くこと。そのリソースとはDXを推進するエンジニアであり、エンジニアの採用がIDDの第一の使命です。
私はこれまで、家電量販店のビックカメラと、ホームセンターのカインズでDX推進に従事してきました。その両社、およびIDOMが抱えてきた共通の課題は、エンジニアの採用ができないことです。こと事業会社においては、システムエンジニアの採用が難しいんです」
その1番の急所は、休日数などの就業環境なのだという。一般的に、エンジニアが働くメインフィールドであるITコンサルやSIer(システムインテグレーター)の場合、年間休日は120日以上ある。これに対して、IDOM社員の年間休日は115日(有給休暇5日を除く)であり、この違いはエンジニアにとっては案外大きなインパクトがある。給与の違いであれば適宜調整することは可能だが、休日数という明示された根幹的な条件に職種によって差をつける、いわば一国二制度でやっていくのは、往々にして軋轢を生みがちだというのだ。
「この問題を解決するため、エンジニアの受け皿としてIDDという別会社を作りました。これは私が在籍していたビックカメラなど、DXの面で先進的な小売企業が採用している手法で、IDDは年間休日を126日としています。さらに、IDDの社員はフレックス勤務が可能ですし、リモート勤務もIDOMより広く認められています。
IDDの社員はみなIDOMに出向し、IDOMの名刺を持って仕事をしています。IDDのエンジニアはIDOMの一員という自覚をもって業務に携わり、IDOM本体の社員は、エンジニアはグループ会社所属なので自分たちとまったく同じ待遇ではない、ということは認識しているという形です」
この他にも、エンジニアが事業会社で働く際に、「企業文化」の点で不安を感じることが少なくない。特に小売業の場合、IT企業とは異なり業界特有の厳しい規律や数字で結果を問われること、さらには販売店で営業マンとして働くことを求められるのでは、といった心配を持っても不思議はないだろう。
「その点について、IDOMは明確なメッセージを打ち出しています。私たちはエンジニアの力を必要としているので、IDDというエンジニアが働きやすい環境を作っています。給与や休日、就業形態、使用する機材など、あらゆる点でIT企業と同等の働き方ができます。この2点は、有能なエンジニアを採用するためでは当然のことです。そのうえで当社が強調したいのが、『事業会社の中で働くことはIT企業で働くより面白い』ということです。
ITコンサルやSIerは、お客様からシステム開発を受注して納めることが仕事です。これに対して、事業会社で働くエンジニアは、むしろシステムが導入されたところがスタート。そこから事業成長のために、システムをいかに成長させていくかが私たちの仕事なんです。納品して売り上げが立ったら終わり、というIT企業の限界を多くのエンジニアが認識しており、だからこそ事業会社で働くことは面白いと、私は自信を持って言えるんです」
IDOMはシステムの力で、利益を創出する仕組みを転換する
IDDによるエンジニアの採用は、順調に進んでいると野原氏は語る。IDDのエンジニアは、出向先のIDOMにおいて、どのようなプロジェクトに従事することになるのだろうか。
「当社においては、売上高を現在の5000億円から1兆円に伸ばすことはすでに想定内であり、問題はそれをいかに短い時間で達成するか。ここにデジタルの力で改革ドライブをかけ、達成を早めることがIDDに求められています。そのために現在進めているのが、CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)システムの作り直しであり、これを武器として、プロフィット・マネジメントからプロセス・マネジメントへの転換を実現することです。
当社が行っている中古車ビジネスでは、店舗責任者が替わると利益が倍になったり半分になったりと、大きく変動することがよくあります。商材である中古車の金額が高い分、店舗責任者個々の能力によって成果が振れやすい。中古車流通の業界では一般的にプロフィット・マネジメント、つまり『利益を出す』という方向で、店舗責任者に指導や指示が行われがちです。
その1つの帰結が、2年前に社会問題になった同業他社の不正で、あの根幹にあるのがプロフィット・マネジメントだと私は考えています。当社がその弊に陥らないためには、プロフィット・マネジメントでなく、プロセス・マネジメントを行わないといけない。プロセス、つまり店舗責任者に求められるものを本部が標準化・手順化して、それを遵守するマネジメントに変えていく必要があります」
ここで問題になるのが、拙速にプロセス・マネジメントへの切り替えを進めてしまうと、売上の低下が避けられないことだ。営業の現場に「言われた通りやれば数字が出なくてもいいんですね」と受け取られてしまっては元も子もない。そこで、定められたプロセスが正しく効果があるということを担保し、それが個々の店舗で適切に行われているどうかを確認するのが、システムなのだ。
「プロフィット・マネジメントは、店舗責任者個々の能力に依存するものなので、当社全体という規模での再現性に欠けます。この先、当社が売上高倍増の道を進むにあたっては、ハイペースに出店を継続する必要がある。それに応じて、能力の高い営業責任者を続々と用意できるかというと、短期間では難しい。だからこそ、定められた通りに実行していけば利益が出るプロセスを会社として用意するべきだと考えているわけで、ここにCRMの作り直しが関わってきます。
Gulliverは中古車の買取・販売・整備を行っており、この3事業のそれぞれに顧客管理の仕組みがあります。ただ、これらの顧客データを引き出しやすい形でつなげることはできていませんでした。あるお客様の名前を入力した時に、中古車の売却・購入・整備といった当社とのお付き合いの履歴を一挙に確認できるような形にはなっていないんです。必要なのは、顧客のデータを全社的に同一のシステムで、一気通貫に見られるようにすることで、これを実現するためにCRMを作り直しているわけです。それによって、仮に店舗責任者や営業担当が違っても、すべてのお客様にGulliverというブランドとして、均一に高水準のサービスを提供できるようになります。
今後はオンライン上での商談を含めてシステムを構築し、ご成約後の納車の管理から納車後の定期整備のご案内などはシステムに担当させていきます。その代わり、営業社員には人間だからこそできる、きめ細かい感情面をケアする営業活動に注力してもらいます。これが、システムを活用してプロフィット・マネジメントからプロセス・マネジメントに移行する流れのイメージです」
中古車ビジネスにおいてもシステムをフル活用することで、Eコマースサイトが訪問客の導線や購入履歴を把握して別の商品のレコメンドを行っているように、顧客に対して機を逃さず商機をプッシュすることが可能になる、と野原氏は語る。具体的には、店舗への来店やオンライン上での接客の際にシステムを活用して顧客情報をデータ化しておき、それをAIに解析させるのだ。
顧客が成約前にどのようなニーズを語り、どんな車を探していて、どんなご家族構成で、営業担当がどのように接客したのかということを、Eコマースにおける訪問客のウェブ上の挙動のように、詳細にデータとして蓄積する。それを解析したAIは、中古車を購入した顧客が点検を必要とする時期を察知することができるし、買い替えのニーズやその家族構成に合った車種などを、営業社員に対してプッシュすることができる。このような形でIDOMのプロセス・マネジメントは実現できるし、Amazonより優秀なレコメンドエンジンを作れると、野原氏は自信を隠さない。
「AIによるニーズ掘り起し」と「業務効率化」で収益貢献を追求
CRMシステムの再構築とマネジメント体制の転換の先に、同社は根本的なゲームチェンジを見据えているという。
「米国のCarMaxという中古車小売業者は、オンライン上で中古車販売を完結させています。消費者がパソコンやスマホの画面を通して中古車を選び、そのまま商談から契約まで行える仕組みが、米国ではもう出来上がっているんです。遅れを取っている日本において、当社はいち早くオンライン販売の環境を整えていきます。そうなれば、顧客情報の管理とニーズの掘り起こし、即応がよりスムーズになります。
もちろん、当社のビジネスがどこまで行っても、現場で動く営業社員と、当社が仕入れている車という物理的な存在が主役であることは間違いありません。これを強力にサポートする力としてシステムを構築していくことが、当社におけるDXの1つのミッションです。
そしてもう1つ、サプライチェーンのシステムもIDDの管掌です。当社の場合、中古車を仕入れてから販売するまでの期間をいかに縮められるかによって、収益が大きく変わります。というのも、中古車は1カ月でも売価が数万円下がるから。当社は数万台の在庫を保有しているので、全部を1カ月寝かせれば、億単位の評価損が発生します。つまり重要なのは、仕入れた車をいかに早く展示場に並べ、ホームページに掲載し、ひいてはご成約後の納車をいかに早めるか。こうしたマネジメントの効率化もまた、システムの得意分野なのです」
効率化という部分では、同社が急ピッチで進める大型店の出店においてもシステムの活用は必須だと野原氏は強調する。大型店は中古車の在庫を大量に抱えるのと同時に、多くの人員が配置される。在庫を効率よくさばき、適切な場所・時間帯に過不足ない人員を配置して効率的に動けるようにしなければ、大型店を出店すればするほど評価損と人件費が増加することになりかねないわけだ。このように、猛スピードで規模を追う裏側ではそれを支える徹底的な効率化が求められ、そこにDXの大きな役割があると野原氏は考えている。そんな同社において、野原氏の考えるDXが業績への影響を及ぼしていくのは、いつ頃になると考えているのだろうか。
「今年中にCRMの新システムをリリースしますので、2026年2月期の第4四半期は、それをベースに事業が動き出します。新システムが導入されるのは当社の約460店舗のうち、約220ある販売メインの店舗です。つまり、第2四半期の売上高や利益の半分以上は、新システムを土台に上げたものになるわけです。
それによって、店舗責任者の勘と経験と度胸、つまり小売業で言う「KKD」でやってきたものが、新システムによって可視化されていきます。それによってまず改善できるのが、営業社員のシフト組みです。たとえば、何曜日のこの時間帯はお客様の来店は少ないが購入意欲の高い方が多いとか、逆にこの時間帯は来客は多いがほとんどが見るだけなど、来客の傾向がシステムを通じて目に見えるようになります。それに応じたシフトを組むことで、人件費の適正化と売上アップにつなげることが、システムが業績に貢献する最初の道筋になると考えています」
IDOM Digital Driveという社名には、車のドライブという意味に加えて、デジタルの導入にドライブをかけていくというダブルミーニングがかかっているという。野原氏はこれに、IDOMという会社にデジタルの力でドライブをかけていく、という独自の解釈を加える。中古車市場という労働集約型かつモノの動きを伴うクラシカルな世界に、システムという資本装備によるデジタル化がいかに変革を起こしていくのか。それによって業界地図はいかに変動し、消費者である我々の体験や行動は、どう変わっていくのか。目が離せない数年間が、すでに始まっていると言えそうだ。
(文=日野秀規/フリーライター)