ベインキャピタル、1500億円で買収したADKHDを750億円で売却→それでも利益?LBO活用か

●この記事のポイント
・大手韓国ゲーム会社・クラフトン、ADKホールディングスを買収すると発表
・過去にADKHDを1500億円で買収したベインキャピタルが750億円で売却
・ベイン、仮に自己資金500億円程度で買っていたとすれば、今回の売却で利益を得た可能性
「PUBG: BATTLEGROUNDS」「inZOI」などの人気タイトルを持つ大手韓国ゲーム会社・クラフトンは、日本の大手広告会社・ADKホールディングス(HD)を買収すると発表した。ADKHDは国内広告業界3位に位置にする。今回の買収額は750億円。ADKHDの株式を保有する米投資ファンド・ベインキャピタルの関連ファンドから、クラフトンが750億円で株式を取得して同ファンドの筆頭株主になるが、ベインは今後もADKHDへの出資を継続して経営支援を行う。注目されているのが、ベインキャピタルは2017年にADKHD(当時の社名はアサツーディ・ケイ)にTOB(株式公開買い付け)を仕掛け、18年に約1500億円で買収を完了させていた点だ。一見するとベインには売却によって損失が発生したように見えるが、「ベインは今回の売却によって利益を得た可能性がある」(専門家)という。どのようなカラクリなのか。専門家への取材をもとに追ってみたい。
●目次
ベインキャピタルはADKHDに引き続き資本参加
2007年創業のクラフトンは韓国ゲーム業界2位(2024年/売上高ベース)の大手で成長が続いており、営業利益ベースでは韓国ゲーム業界首位のネクソンを上回っているとの情報もある。昨年には「Hi-Fi RUSH」「PsychoBreak」で知られる日本のゲーム開発会社・Tango Gameworksの事業を継承した。
08年の買収により現在、ADKHDの株式を保有する会社の筆頭株主はベインキャピタルの関連ファンドだが、今回、その筆頭株主がクラフトンに異動する。実質的にはクラフトンはベインキャピタルの関連ファンドから750億円でADKHDの株式を取得する。今後もベインキャピタルは出資を継続し、引き続きADKHDの経営支援を行うという。前述のとおりベインキャピタルは過去に1500億円でADKHDを買収していることから、数字だけをみると「高く買って安く売る」かたちで損失が発生しているようにもみえる。
ゴールドマン・サックス証券、ドイツ証券などの大手金融機関でプロップトレーダー(自己勘定トレーダー)を歴任し、現在もトレーダーとして活動する志摩力男氏はいう。
「ADKとベインの公式発表では、クラフトンはADKに資本参加して協業していくと説明されています。具体的には、ADKの株式を保有する株式会社BCJ-31の筆頭株主が、ベインの関連ファンドからクラフトンに異動するということであり、ベインは今後もADKの経営に関与していくと説明しているので、ベインが保有しているADK株の100%を売却するわけではないとみられます。よって、現段階で最終的にベインが損失を出すのか利益を得るのかは分からないといえます」
LBOと大きな宝箱
数多くの企業再建を手掛けてきた企業再生コンサルタントで株式会社リヴァイタライゼーション代表の中沢光昭氏はいう。
「ベインは2017~18年に約1600億円かけてADKを買収しましたが、LBO(レバレッジド・バイアウト:借入金を活用した買収)で約1047億円を調達し、自己資金で567億円を出していたもようです。買収後は非上場化されてデータが開示されないのでわかりませんが、非上場化の直前までは毎期20-30億円程度は最終利益が出ていたようです。
買収後には事業再編やリストラなどを行い、社員が3500人ほどから2400人ほどになっているようですので、平均年収700万円とすると、単純計算で固定費が80億円近く削減されたことになります。不採算事業を切り離したのですから、利益が上がっている可能性は高いです。仮に年50億円上がったとすると、最終利益70-80億円の水準を2017年から8年続けて計約600億円の現金を生み出したと概算で試算できます。そこからLBOの借金を返します。ベインのためにADKが借金を背負わされて返すという理不尽な構図ですが、仕方ないです。私がADKの社員ならば、ばかばかしくてすぐ辞めますが……。
それでも1050億円は返せませんね。ですが、大きな宝箱があったようです。2017年の有価証券報告書によりますと、ADKは国内外の上場株を768億円(2017年12月当時の時価)保有していました。ロンドンの大手広告代理店の株式を637億円、ほか63銘柄で130億円です。残念ながらロンドンの広告代理店の株価は下がっているようですが、2017年末の日経平均株価は2万2800円ほどで、24年末は3万9900円ですので、ほかの銘柄はADK買収後に上がった可能性が高いです。これらを適当なタイミングで売却していれば、800~1000億円くらいにはなったのではないでしょうか。
ベインキャピタルは買収当時、LBOによる借り入れを3年程度で返済しようとしていたようにも読み取れますので、もともとこの原資を返済に充てることを想定していたのかもしれません」
ベインは今回の株式売却で一定の利益を得た可能性があるという。
「ADKの社員が頑張って利益を出し続けるなか、ベインはLBOで調達した1050億円を有価証券の現金化と毎年の利益で予定通り返済し、もし仮に自己資金567億円で買った株を750億円で売却したのだとすれば、ベインは200億円ほど儲けた可能性があるでしょう。ADKの社員が汗水たらして稼いだお金で買い貯めていた上場株を、ベインはうまく使ったといえるかもしれません」(中沢氏)
クラフトンがADKHDを買収する目的
では、クラフトンがADKHDを買収する目的は何なのか。また、ADKHDが買収を受け入れる目的は何なのか。
「クラフトンがADKHDを買収する目的は、あくまで推察ですが、ADKが保有するアニメのIPや企画制作力、日本のアニメ業界に広くリーチできる機会が魅力に映ったのではないでしょうか。
一方、ADKの株を持っているのはベインなので、今回の買収についてはADK側が受け入れる意思を持つのかどうかは関係ありません。中小企業のM&Aであれば買収後にキーマンが全員辞めたりすれば大変なので、買い手も売り手も慎重になって確認しながら動きますが、ここまでの大企業になると組織で動いていますので『ADKの従業員から反発されたらどうしよう』といったことは考慮されません。広告代理店という事業は人が全てなので、海外企業が買収してPMIをきちんとやっていくのは相当大変だと思います。もっとも、それは買い手側の課題であって、ベインがADK株を売却を判断する上では関係ありません」(中沢氏)
ADKHDにも海外ビジネス拡大のメリット
ADKHDの主な事業は広告・マーケティング事業だが、アニメ・コンテンツ事業にも強みを持つ。『ドラえもん」『クレヨンしんちゃん」『プリキュア」『遊戯王』シリーズなど数多くのアニメ制作委員会に参加しており、アニメの制作・マーケティングのノウハウを持つ。また、多くのIPを活用する権利を持つとみられる。クラフトンがADKHDを買収する目的は何か。
「クラフトンとしては、自社ゲームタイトルを日本でアニメ化や映画化して展開するというよりは、日本のアニメなどさまざまなIPをゲームに活用することによって海外展開を進めていきたいという戦略だとみられる。ADKHDがすでに権利を持っているIPはすぐに使えるだろうし、その他のADKHDが直接的に権利を持っていないIPも、日本の大手広告代理店であるADKHDが窓口となって権利保有者である各企業と交渉してくれれば“話がスムーズに進む”と期待できる。加えて、ADKHDのノウハウやコンテンツ企業との接点を活かして、クラフトンは自社のIPに加えて日本のIPを活かしたアニメ・コンテンツの制作とその海外展開を進めることも可能になってくる」
一方、ADKHDは1月に米国企業(STAGWELL)と海外事業に関する協業を発表するなど海外展開に力を入れており、アジアをはじめ海外でもシェアを拡大させつつあるクラフトンを通じて、ビジネスを拡大させることが期待できるので、大きなメリットがあると予想される」(大手ゲーム会社関係者)
ADKHDは今回の発表に際し、「グローバルIP企業であるKRAFTONという戦略的パートナーを得たことにより、中期経営計画の中心に置くファングロース戦略の取り組みを加速させてまいります。ADKグループの広告・マーケティング事業や、特徴であるアニメ・コンテンツ事業と、KRAFTONの有するグローバルIPやネットワーク、テクノロジーおよび資金力等を活かし、お互いのユニークネスを最大限活用した持続的成長が期待できると考えています」としている。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=中沢光昭/リヴァイタライゼーション代表、志摩力男/トレーダー)