なぜ自動車開発でゲーム開発技術の活用が加速?ゲーム技術者から自動車技術者への転身は増えるのか?

●この記事のポイント
・自動車のSDV開発に、ゲーム開発の知見が取り入れられ始めている
・一見すると関係が薄いように思えるゲームと自動車の技術は、どのように融合しつつあるのか
・日本の自動車関連ソフトウェアの技術は、グーグルやアップルに負けていない
次世代自動車の主要技術になるといわれるSDV(ソフトウェア定義車両)の開発に、ゲーム開発の知見が取り入れられ始めている。セガのヒットゲームタイトルの元メインプログラマーとして知られるエンジニア・近藤文仁氏は今、SDVの技術開発に携わっている。一見すると関係が薄いように思えるゲームと自動車の技術は、どのように融合しつつあるのか。また、自動車業界ではソフトウェア技術者の獲得競争が繰り広げられているが、ゲーム業界から自動車業界へ転身するエンジニアは増えていくのか。そして、日本のSDVの進化の展望と課題とは。近藤氏への取材を交えて行ってみたい。
●目次
ゲーム業界が培ってきたソフトウェア・デファインドの知見
現在はCRI・ミドルウェアのモビリティ事業部副部長というポジションを務める近藤氏は今、自動車開発の世界で何に取り組んでいるのか。
「弊社モビリティ事業部のなかで私の役割は2つあり、1つが開発技術の統括役です。どのような技術を開発して、それをモビリティ業界のなかでどのように活用していくのかをマネジメントする役割です。弊社は音と映像の会社ですが、車にはウインカーや通報・警報装置のように音を出すシチュエーションがたくさんあり、そうした分野の技術提供をしています。映像に関してはメータークラスターの映像をどのように表示させれば、もっとスマートな表現ができるのかといった視点で、モビリティの進化に関する技術開発を行っています。
もう一つの役割が、テクノロジーエバンジェリストです。私が携わってきたゲームクリエイターという職種は、ソフトウェアを通じてユーザーに感動体験を提供するという仕事で、今はそのゲーム開発の技術が自動車業界にどのような価値をもたらすのかを検証して広めていく役割を担っています。ゲームというソフトウェアの価値は、ゲーム機の発売後に提供されるコンテンツとして形づくられていくことが大半です。ハードウェアの機能をソフトウェアが制御し、リリース後も機能追加・性能向上を重ねる技術、いわゆる『ソフトウェア・デファインド』ですね。ソフトウェアで定義されるこの技術は、約30年前からゲーム業界では当たり前のもので、モビリティでも使えるはずなんです。そしてゲーム業界にはソフトウェアの力だけで勝ち抜いてきた人々の知見がある。元ゲームクリエイターとして、そういった知見をモビリティ業界に還元して社会貢献していこうとしています」
ソフトウェアの力でユーザーの快適さを生む技術が必要
ゲーム開発の技術を、どのように自動車技術の発展に活用するのか。
「車やバイクのメータークラスターでは、すでにゲームのテクノロジーを転用したものが動いていますが、たとえば“サクサク動く”という部分にゲームの技術は非常に役立ちます。30年くらい前のコンピュータはシングルコアで100MHzぐらいで動いて、今の車載コンピュータよりも性能はうんと低かった。でも当時からゲームはサクサク動いていたんですね。今の大衆車に搭載されている半導体はエヌビディア製などに比べると、低価格な分、性能が低いですが、それでもユーザーに対する体験価値としては“サクサク動く”ことを基本にしており、実際の性能だけでは測れないユーザーの満足度を上げるという面で圧倒的な強さを持っています。
ハードウェアの技術だけで車が競争していた時代を越え、一台あたりの機能や価格などさまざまな部分が踊り場に達した後に、やはりソフトウェアの力でユーザーの快適さを生む技術が必要となってきます。なのでゲーム業界の技術を活用していくというアプローチではなく、実は自動車業界側がゲーム業界側に寄ってきています。
その理由は、自動車業界がサードパーティを取り込んだ上で、これまで完成車メーカーだけでは思いつかなかったようなコンテンツを供給してもらおうという動きが活発化してきているからです。自動運転技術が進展していくなかで、可処分時間が発生した時に、ユーザーにどのような価値を提供できるのかという話になってくるので、その時にエンタメ系のコンテンツを提供したいといった、従来の車の世界であり得なかった要素が発生してきます。車の走る・曲がる・止まるに関するソフトをゲーム業界が提供するのではなく、エンタメ系のソフトそのものを車で動かして、楽しさを追求していくようなところにゲーム業界が持つエンタメの技術を入れていきましょうという話なんです」
競争領域と協調領域を分けて考える
今、自動車業界ではソフトウェア開発エンジニアへの需要が高まっているが、今後ゲーム業界のエンジニアが自動車業界に流れ込む動きが強まる可能性はあるのか。
「エンタメを志して『ゲームをつくるのが大好きです』という技術者たちが『車のメーターをつくりに行きませんか』と言われて、行くかといえば、行かないですよね。やはり、そこには異業種の壁というのはどうしてもあると思います。自動車業界側としては、ゲーム業界の技術を車でも使えれば、よりユーザー体験を向上できるのではないかという期待がありますが、ゲーム業界にいるエンタメ系の人たちは『何をつくっていくか』という目的を重要視するので、『手段を提供してください』と言われても行かないでしょう。
もう一つ、ビジネスという側面で見たときに、圧倒的に足りないのは分母の数なんですね。世界にはスマートフォンが約40億台、家庭用ゲーム機が約2億台ある一方、ゲーム業界の人たちが実力発揮できるようなゲームが動く車は1400万台ぐらいだとみられており、ビジネスとしてなかなか成立しにくい。そういうところには、なかなかエンジニアは行きにくいでしょう」
日本の自動車のソフトウェア領域は現状、アップルやグーグルなどのOS市場で高いシェアを持つ海外プラットフォーマーに縛られている面が大きいが、日本のSDVの競争力向上のためには、どういう動きが必要なのか。
「日本人はアップルやグーグルと聞くと『すごい』という感覚を抱きがちですが、自動車分野のソフトウェアに関していえば、日本のメーカーは自分たちが技術的に負けているという感覚は持っていないように感じますし、日本の自動車業界はこれまで蓄積してきたノウハウに自信を持つことが重要です。日本勢でしっかりやろうという動きになっているのは、デジタル赤字の問題解消のためにも日本全体にとって良いのではないでしょうか。
日本は世界市場で自動車、そしてゲーム、アニメ、カラオケを含めたエンタメが強いので、そこが掛け合わさる領域なら勝つに決まっているんだという信念を持つべきですよね」
では、日本のSDVの進化に向けた課題は何か。
「競争領域と協調領域を分けて考えるべきです。今でこそエンジン開発はメーカー各社にとって協調領域になりつつありますが、競争領域だった時代には各社ががっつりと自社内で技術を抱えて育てていこうとしていました。SDVという領域はあまりにも広すぎて、自動運転は競争領域かもしれませんが、サードパーティを巻き込んでやる部分は協調領域なんです。SDVの一部が競争領域だから自社で全部閉じて開発すべきという考えが、完成車メーカーの間でもまだ残っており、そうするとサードパーティが入ってきにくくなります。
私も参加させていただいている、名古屋大学が立ち上げたSDV標準化を推進する『Open SDV Initiative』はHMI (ヒューマンマシンインターフェース) アプリケーションの部分は協調領域として定義書も全部公開してオープンにしています。自動車の業界団体『JASPAR』も協調領域はきちんとオープンにしようという活動をしており、競争領域と協調領域をきちんと分けて進めていくことが重要だと考えています」
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=近藤文仁/CRI・ミドルウェア)











