「気持ちのいい選択肢はだいたい間違い」修羅場化したSNS空間で炎上しないために

●この記事のポイント
・SNSの炎上が激化し、匿名ユーザーやインフルエンサーによる誹謗中傷が深刻化。上場企業経営者は「大人の対応」と冷静さが求められる。
・株主権の行使は適切な言葉と態度で行うべきであり、SNSを舞台にした過激なアクティビズムは法制度の想定を超えている。
・炎上対応では弁護士・危機管理コンサルタント・PR会社の3者連携が不可欠。感情に流されず、長期的・客観的視点で行動することが信頼維持の鍵となる。
SNSの利用者の増加により、ネット炎上の規模がこれまでになく大きくなっている。これに伴い、アクセス数を目当てにしたインフルエンサーが力を集め、彼らに煽られた匿名ユーザーによる誹謗中傷も悪質化しているようだ。
そんな「修羅場化したSNS」の時代に、私たちはどうやって自分の身や自社を守っていけばいいのか。経営実務の当事者として上場企業の経営権争いや炎上対応を経験し、現在では危機管理コンサルタントとして活動する小松裕介氏に話を聞いた。
●目次
- 社会的立場のある成功者なら「大人」の対応を
- 株主の権利行使と適切なコミュニケーションは両立する
- SNSで「アクティビストの過激化」が進むおそれも
- 客観的かつ中長期的な目線で冷静に考える
- 炎上対応に必要な3つのプロフェッショナルとは
社会的立場のある成功者なら「大人」の対応を
――最近、SNSにおいて上場企業が批判にさらされ、それが元でトラブルに発展しているケースが多く見受けられます。会社側にはどのような基本スタンスが求められますか。
小松裕介氏 まず前提として、株主をはじめとするステークホルダーが、上場企業の経営陣に対して経営方針等に意見や疑問を示すことは、当然に認められるべきだと思います。
株式市場で適正な価格形成を実現するためには、多様な意見や議論が保証されることが不可欠です。上場企業の経営者が投資家からの批判的な視線に耐えられないのであれば、そもそも上場すべきではなかった、ということになります。
最近では、匿名アカウントによる適法な投稿に対して「個人情報を開示請求してさらすぞ」などと脅す経営者も見受けられます。こうした行為は、場合によっては不法行為に該当する可能性があります。
社会的立場のある上場企業の経営者である以上、ときには誹謗中傷に近い言葉であっても、同じ土俵で応酬するのではなく、冷静に受け止めたり受け流したりすることが求められます。経営者としての器や人間力を磨くことも大切です。株式上場を目指すスタートアップ経営者も、将来は上場企業の経営者になるわけですから、SNS上での批判に対して過敏になり過ぎないことが重要です。
時には法律の力を借りることも重要ですが、何でも法的に訴えるのは得策ではありません。ビジネスが社会に長く受け入れられ、確かな信用を築いていれば、些細な罵詈雑言に対応する必要はないはずです。大人のレベルになろうよ、という話が一番大事ではないでしょうか。
――一方、小松さん自身は経営者としてさまざまなトラブルに巻き込まれたり、それに対処したりしてきたわけですが、それはどういうケースだったのでしょうか。
小松氏 代表的なのは、所属YouTuberが悪質な誹謗中傷を受けたケースです。私がYouTuber事務所VAZ(バズ)の社長を務めていたとき、迷惑系YouTuberが所属YouTuberに対し、毎日のように誹謗中傷を繰り返してきたことがありました。
このときは、被害者が未成年だったこともあり、弁護士や警察と速やかに連携して対応した結果、加害者は名誉毀損容疑での逮捕となりました。最終的に加害者は、懲役2年6か月(執行猶予4年)の有罪判決を受けています。
株主の権利行使と適切なコミュニケーションは両立する
――それは「大人の対応」では済まされないですね。
小松氏 この迷惑系YouTuberは、どのような理由であれ再生数が伸びれば利益につながると考えていたようです。事件後のインタビューでは「民事で裁判しても出費は30万円程度で済む」という弁護士の誤った助言を信じ、費用対効果の面から判断していたと語っています。
つまり「仮に訴えられても経済的には得だ」と考え、迷惑行為をやめなかったということです。しかし最終的にはYouTubeのアカウントを削除され、収入も失う結果となりました。
――最近では、上場企業の従業員を侮辱したとして、元上場企業の執行役員でもあったインフルエンサーが、警察から事情聴取を受け書類送検される事案がありました。
小松氏 彼は株主として、いわゆるアクティビズム活動(株主による企業経営への介入)を行っていただけだと主張しています。彼はXに「いや、ぶっちゃけ、もし有罪になっても判例を見ると罰金9000円からせいぜい10万円でしてw」と投稿しており、仮に罰金刑となっても自身の収入や資産からすれば微々たるものだとして、攻めの姿勢を崩さないことを優先しているようです。
もっとも、これは現行の侮辱罪のペナルティが低すぎることを逆手に取ったものであり、問題視すべき姿勢です。実際、テラスハウス事件などを契機として侮辱罪の厳罰化が進んでいます。私自身もVAZの社長時代に、DMに届く罵詈雑言に心をすり減らすYouTuberを多く見てきました。ネット上の炎上は、時に人の命を脅かすほど深刻な問題だと感じています。
――当該インフルエンサーのケースを整理すると、どうなりますか。
小松氏 今回の件では、侮辱罪に該当するような投稿を行った点が問題だったといえます。また、報道に対して「こんなことで訴えていたら、言論を萎縮させることにつながりかねない」と発言していますが、侮辱罪での書類送検が「株主の権利の抑制」に直結するかのような主張は誤りであり、その点を混同しているように見受けられます。
株主としての正当な権利行使と、適切なコミュニケーションを維持することは両立します。適切な言葉を用いながら、会社や経営陣に対して「株主の意向を踏まえた経営を行うべきだ」と主張することは可能です。会社法でも、株主と経営者間の関係を定める規律として、株主総会はもちろんのこと、少数株主権の行使なども規定されています。
SNSで「アクティビストの過激化」が進むおそれも
――本来はSNS上ではなく、法律やビジネス常識の枠内で主張すべきだということですね。
小松氏 基本的にはそのとおりです。必ずしもSNS上での株主としての意見表明を否定するものではありませんが、少なくとも適切な言葉で主張すべきです。
昨今では、株主総会においても株主権の濫用が問題視されています。過去の例として、野村ホールディングスは「野菜ホールディングスに社名を変更せよ」といった大量の株主提案を受けたことがありました。このような大量の株主提案の問題を受けて会社法が改正され、株主提案は1人10件までに制限されました。
また、今後もSNSによって株主によるアクティビズムが過激化していくおそれがあると考えています。
――アクティビズムの過激化とは、具体的にどういうものでしょうか。
小松氏 アクティビズムの過激化とは、会社法が規定する株主の権利の本来の目的を超えて、自己実現や注目獲得を狙う動きのことです。特にインフルエンサーは、SNSでの発言が注目を集めやすく、それが経済的利益につながるため、過激な主張をすればするほど費用対効果が高くなります。これは迷惑系YouTuberの傾向にも似ています。
例えば、会社法では、少数株主権として、先ほどの株主総会の議題や議案の提案権だけでなく、株主総会議事録、取締役会議事録や株主名簿の閲覧謄写請求権なども規定されています。本来ならばこれらの権利行使を通じて株主と経営陣が対話をしていくことが想定されているところ、アクティビズムの過激化では、権利行使をすることで世間の注目を集めることが目的になってしまっているのです。
この問題の難しさは、インフルエンサーに限らず、本当の資本市場のプロフェッショナルであるアクティビストファンドであっても、同様の行動を選択することがあることです。世間の注目を集めたほうが対象会社の株式の売買出来高は増えますし、ファンドの知名度が高くなれば当該ファンドへの出資希望者も増えるという事実もあります。
――今後SNSを使ったアクティビズムの過激化が進むかもしれないと。
小松氏 そのおそれはあります。私自身も近年も株主総会のプロキシーファイト(委任状争奪戦)に関わった経験がありますが、明らかに実現可能性が乏しい業績目標を掲げたり事実と異なる誹謗中傷をしたりする事例が増えています。その際には情報発信の手段としてSNSが活用されます。現行制度では、仮に委任状勧誘規制違反があったとしても、決議の方法が「著しく不公正」でなければ株主総会決議は取消が認められません。
背景には、従来の法制度がSNS時代に対応していないという問題があります。インフルエンサーによって株主総会や委任状争奪戦の過激化が進んでも、十分に制御できる法的枠組みが整っていないため、現状では効果的な抑止が難しいのです。
客観的かつ中長期的な目線で冷静に考える
――インフルエンサーによるアクティビズムは、従来の「モノ言う株主」といわれるファンドと似ているところがありませんか。
小松氏 確かに「モノ言う」点では似ていますが、リーガルコストをきちんと払っているかどうかは異なります。アクティビストファンドはインサイダー規制を含めて関連法令を熟知したうえでコミュニケーションを図り、コストを払いながらリターンを出しています。
一方、個人のアクティビストは、多くの場合はリーガルコストを払っていないので、弁護士が入っていたら真っ先に止められるようなことも平気でしている。インフルエンサーも商売としてやっているのであれば、やはりそこはプロフェッショナルとして片手落ちでしょう、という感じは否めないですね。
――誹謗中傷が許容できないラインを超えてきたと感じたとき、会社はどのような対処をすればよいのでしょうか。
小松氏 リスクマネジメントのさまざまな案件をこの10年ほどやってきて、プロフェッショナルな弁護士の先生ともよく話すのですが、結論を言うと「気持ちのいい選択肢はだいたい間違っているよね」ということです。
例えば、迷惑系YouTuberから誹謗中傷をされて炎上したりすると、やっぱり焦ってすぐに反論したくなりますよね。しかし、多くの人の注目を集めることが目的である彼らからすれば、反論なんかしたって喜ぶだけなんです。情報が正しいか間違いか、なんていうことは論点ではない。
だから、ムカついた気持ちを晴らすために言い返したくなるところをグッとこらえて、アクションを取る前に「このやり方は、いろんなステークホルダーの目から見て本当に正しいんだろうか?」と確認することが大事だということです。
ステークホルダーに「なんでこんなことで延々と裁判やってるんだろう?」と思われたら、会社の評価は下がります。第三者の客観的な目線や時間軸を長めに取った目線で対応を考えることが、危機管理コンサルタントのアドバイスになります。
炎上対応に必要な3つのプロフェッショナルとは
――炎上に適切に対応するためにはどういうステップが必要ですか。
小松氏 まずは早期に専門家、つまり法律の専門家である弁護士と、リスクの専門家である危機管理コンサルタントに相談することです。場合によっては、広報の専門家であるPR会社にも加わってもらいます。これが定石となります。
炎上したときに頭に血がのぼって、SNS上でいきなり応酬したりDMで対応しようとして、結果的にぐちゃぐちゃな対応になってしまうのが最悪のパターンです。会社として早期に対応方針をきちんと決めて、それに沿った対応をしていくことが重要です。
まず、弁護士に確認して違法行為が明確にあることが分かった場合、あるいは被害者が出ている場合には、相手方にやめるよう会社として勧告・警告をします。それでもやめない場合は、残念ながら捜査機関に相談するしかありません。法的要件を踏まえた上で、捜査機関に証拠とともに速やかに相談に行くことです。
もう一つのポイントは、SNSのプラットフォーマーとも速やかに連携し、場合によってはアカウントの停止を求めることです。プラットフォーマーは当然ながら違法行為を禁じる規約を設けていますので、このあたりを丁寧に対応するのが王道だと考えています。
――弁護士だけではなく、PR会社も入れた方がいい理由は。
小松氏 弁護士はもちろん法的なプロフェッショナルですが、レピュテーション(評判、風評)マネジメントについてはPR会社の方が長けています。法律よりももう少し幅広い概念でコミュニケーションしないと、さらに炎上したり、間違った情報が拡散しかねないので、チームに入ってもらうことが多いですね。
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炎上対応において重要なのは、感情に流されず、第三者の視点と長期的な時間軸をもって判断することだ。
小松氏の言葉を借りれば、「ムカついたときほど冷静に」こそが、信頼を守る最も合理的な選択である。SNS上の発言や対応が企業価値に直結する時代、法務・広報・危機管理のプロフェッショナルと連携し、客観的かつ中長期的な視点から最善策を探ることが、炎上リスクを最小化する唯一の道といえるだろう。
(文=鴨川ひばり/ライター、編集者)
プロフィール
小松裕介:1981年生、中央大学法学部卒。新卒で入社したソーシャル・エコロジー・プロジェクト(現・伊豆シャボテンリゾート)で代表取締役社長に就任。経営再建を果たした後、敵対的買収を受けて社長職を追われる経験を持つ。大手YouTuber事務所VAZ(バズ)の再建を主導する過程で炎上対応を行う。現在は株式会社スーツ代表取締役CEOとして経営支援クラウド「スーツアップ」の開発・運営をするかたわら、危機管理コンサルタントとして敵対的買収防衛や企業不祥事対応等に携わる。











