日本の自動運転は“本当に遅れている”のか…日本と海外メーカーの現在地と勝ち筋

●この記事のポイント
・テスラや中国勢が自動運転の実装で先行する一方、日本メーカーは安全性と社会受容性を重視し、異なるアプローチで技術開発を進めている。
・日産やテスラの国内実証は、日本が自動運転を都市インフラと協調させながら社会実装を図る“日本型モデル”の確立を目指す動きと位置づけられる。
・日本メーカーはデータ量やソフトウェア開発では劣るが、ハードの信頼性やインフラ連携で強みを持ち、社会実装パッケージの提供が世界での勝ち筋となる。
テスラが横浜でハンズオフ運転の実証を始め、日産自動車も東京・銀座で自動運転技術の都市部実験を行っている。どちらも話題性のあるニュースだが、単なる実証の報告にとどめてしまうと見落とす点が多い。むしろ、この二つの動きには「日本の自動運転は海外より遅れているのか」という、長年くすぶり続けてきた問いが凝縮されている。
本稿では、日本メーカーと海外勢の実力差や戦略の違いを客観的に検討しつつ、日本が世界で戦うための“現実的なシナリオ”を描く。自動車アナリストの荻野博文氏に解説してもらった。
●目次
- 世界の現在地:テスラ・中国・欧州はどこまで行っているのか
- 日本の実力は本当に海外に劣っているのか
- 日本が抱える最大の課題は「データ量」と「ソフトウェア化」
- 既存車への“後付け自動運転”は可能なのか
- 世界市場で日本メーカーが勝つ現実的な戦略
- テスラや中国と共存しつつ、日本が進む“もう一つのルート”
- 日本は遅れているのではなく、別の道を進んでいる
世界の現在地:テスラ・中国・欧州はどこまで行っているのか
まず世界を見ると、自動運転のアプローチは大きく三つに分かれる。
米国ではテスラがソフトウェア中心のアプローチで突き進んでいる。独自の高度運転支援システム「フルセルフドライビング(FSD)」はレベル2相当ながら、OTA(オンライン更新)で機能を向上させ、数千万台規模の走行データをもとにAIを高速で改善させている。今回の横浜でのハンズオフ実験も、その延長線上にあり、日本の複雑な交通環境に合わせてソフトウェアの最適化を進めている段階だ。
一方、中国は世界で最も自動運転の“社会実装”が進む国となった。北京や深センでは、BaiduやAutoXがレベル4ロボタクシーを実運行しており、市民が日常的に利用している。巨大な都市圏を限定的に区切って規制緩和し、実証を一気に進めるという政策の速度感が、世界をリードする最大の理由である。
欧州勢はこれとは対照的だ。メルセデス・ベンツが提供するレベル3は世界で初めて正式承認されたが、あくまで安全性の担保が最優先で、適用条件も非常に細かく定められている。制度面を先に整備し、それに合わせて自動運転を段階的に広げていく“制度先行型”が欧州の特徴だ。
日本の実力は本当に海外に劣っているのか
日本メーカーの技術水準はどうかといえば、必ずしも遅れているわけではない。むしろ、運転支援技術(ADAS)の精度や衝突回避制御、悪天候や狭い道路での安定性は、海外専門誌でも高く評価されている。
しかし「社会実装」という観点では、日本が慎重すぎるように映る。自動運転の導入には安全性の裏付け、事故時の責任の所在、道路インフラとの整合性など複数の要素が絡む。日本では法制度の整備が欧米よりも遅れがちで、自治体ごとの実証が縦割りになりやすい。国民感情としても“リスクゼロでなければ許容しない”傾向が強い。これらが、日本メーカーが大胆なサービス展開に踏み切れない大きな理由となっている。
日産が銀座で行っている実験は、こうした制約を乗り越えるための基礎データの収集が中心で、都市部で安全に機能する自動運転の精度を高めようとしている。テスラが“すでに世界で走らせているソフトウェアを日本仕様に合わせる段階”にあるのに対し、日産は“都市交通に最適化された自動運転モデルの社会実装を模索している段階”といえる。両者は同じレースを走っているように見えて、実は前提が異なるのである。
日本が抱える最大の課題は「データ量」と「ソフトウェア化」
自動運転はデータが命だ。走行すればするほどAIは賢くなり、誤認識は減っていく。テスラや中国ロボタクシー勢が優位なのは、この“データ循環モデル”を構築できている点にある。日本メーカーは販売台数こそ多いが、OTAによる継続的学習の体制が十分とはいえず、ソフトウェア改善のスピードに差が出やすい。
逆に言えば、ハードウェアの信頼性やインフラとの協調モデルでは日本が優位に立てる可能性がある。例えば日本の高精度3D地図や路車協調システム(信号や標識情報を車に送る仕組み)は世界水準で見ても質が高く、 “安全性ベースの自動運転”ではむしろ先進的ともいえる。
既存車への“後付け自動運転”は可能なのか
一般ユーザーからよく問われる「既存のクルマに後付けで自動運転装置を付けられるのか?」という疑問にも触れておきたい。センサーやカメラを追加し、CAN通信を介して制御する技術自体は可能だ。しかし、日本では法規制や型式認定の問題が大きく、後付けでレベル3以上の自動運転機能を提供するのは現実的ではない。可能だとしても、せいぜい一部の運転支援(レベル2相当)にとどまるだろう。
世界市場で日本メーカーが勝つ現実的な戦略
自動運転は広大な市場だが、その中心はレベル4の完全無人タクシーだけではない。むしろ、量産車ベースのレベル2.5~3や物流・商用車領域の自動化のほうが市場規模は大きく、こここそ日本メーカーの得意分野である。
日本が世界で勝ち筋を描くうえで重要なのは“単体の自動運転技術”ではない。車両、地図、インフラ、保険、自治体、交通オペレーションまで含めた「社会実装型エコシステム」をパッケージとして構築し、それを輸出するモデルが有望だ。欧米や中国が車両中心で戦っているのに対し、日本が目指すべきは“都市全体で安全性を担保するモデル”である。
テスラや中国と共存しつつ、日本が進む“もう一つのルート”
テスラはソフトウェア改善能力で突出し、中国は政策の俊敏さで大量の実証を進める。一方で日本は、安全性と社会受容性、そして生活インフラとの高度な一体化を重視する――この違いは、優劣ではなく“戦う土俵が違う”と言うべきだ。
世界の自動運転は、国やメーカーごとに異なる価値観のもとで発展しており、勝者総取りにはならない。むしろ多様なモデルが併存する複合市場になる。日本は、あえて慎重さを武器にし、事故ゼロ社会を現実的に実現する“インフラ協調型の自動運転”という独自路線を磨くべきだろう。
日本は遅れているのではなく、別の道を進んでいる
自動運転の世界地図を見ると、日本だけが特異な動きをしているように見えるかもしれない。しかし本質は、日本が“世界とは異なる成功条件”を持つ国であるという点にある。
テスラ横浜、日産銀座の実証は、日本が単に追いかけているのではなく、自らの強みに基づいて社会実装のルートを慎重に切り拓いている証左だ。
日本の自動車メーカーは遅れているのではない。安全性と社会受容性を最優先しながら、世界とは異なるルートで未来を描いているのである。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=荻野博文/自動車アナリスト)











