●ロングセラー商品が販売数量大幅減
加えて2つの戦略ミスが重なったと、ビール業界関係者は次のように説明する。
1つ目のミスは、増税後の家庭向け需要対策。同社の販売数量に占める発泡酒と第三のビールの比率は65%。例えばアサヒグループホールディングス(アサヒ)の約35%と比べると倍近い高さだ。しかも、その90%以上を家庭向けが占めている。増税後の駆け込み重要の反動減は、飲食店など法人向けよりも家庭向けのほうが大きく、その影響を受けて販売数量が他社よりも落ち込んだ。増税後、競合他社が大規模な家庭向け販促キャンペーンをこぞって展開したのに対し、キリンはW杯関連以外で目立った販促キャンペーンを行わなかった。
2つ目のミスは、商品戦略。同社は今年を「選択と集中の1年」と定め、「まずは中核のビール販売を立て直す」(事業会社キリンの磯崎功典社長)として今年上期は主力商品「一番搾り」の重点的販促に努めた。その結果、一番搾りの販売数量は前期比約5%の伸びを見せた。6月11日には「一番搾りプレミアム」も投入した。
その割を食ったのが他のブランドだった。ロングセラーで固定ファンも多いビール「ラガービール」や発泡酒「淡麗<生>」は販促予算を削られたこともあり、販売数量が前期比約10%も減少した。
対して、競合他社は5月以降に新商品を軒並み投入。これらにシェアを奪われる形となった。その結果、上期全体では重点的販促品と定めた一番搾りが前期比0.4%減少したのみならず、一番搾りと並ぶ主力ブランドの「淡麗グリーンラベル」(発泡酒)、「のどごし<生>」(第三のビール)も前期比マイナスになった。
●崩れる競争優位
キリンは販促の空回りと戦略ミスで、サントリーに首位の座を奪われたのみならず、国内ビール類市場のシェアでもアサヒ38.1%に対してキリン33.1%となり、その差は前期比の2.1ポイントから5.0ポイントに拡大した。キリンはなぜ迷走したのか。
ビール業界担当の証券アナリストは「業界最強といわれるビジネスモデルが老朽化してきた」と指摘する。つまり、同社の強みはビール、発泡酒、第三のビールの絶妙なバランスにあったが、それが市場の変化で弱みに変じた。例えば、分野別シェアではシェアトップの淡麗<生>を擁する発泡酒は、市場自体が縮小している。
また、市場成長が続いている第三のビールでは豆類を主原料にしたのどごし<生>が健闘していた。ところが、当初は主流だったこうした「豆系」が廃れ、近年は麦類を主原料にした「金麦」(サントリー)、「クリアアサヒ」(アサヒ)、「麦とホップ」(サッポロホールディングス)などの「麦系」が主流になり、キリンの競争優位が崩れてきたのだ。
さらに、中核のビール分野でも「プレミアムビール戦争」が本格化する中、キリンだけが蚊帳の外に置かれている。それは、同社が一番搾りを「プレミアムな製法のビール」と位置付け、プレミアムビール戦争勃発後も同社がことあるごとに「一番搾りそのものがプレミアムビール」と強調し、ビールの主戦場に背を向けてきた結果だ。
要するに、一番搾りへの自信とこだわりが、キリン劣勢の原因となったのだ。業界関係者によると、今年上期のプレミアムビール市場は前期比約20%伸びたが、同社はこの恩恵を受けられなかった。
キリンは「分野別主力3ブランドのさらなる販促強化で、捲土重来を期す」と、今後も従来の戦略を修正する考えはないようだが、果たしてキリンは劣勢を挽回することができるのか。その評価は今年通期決算で早くも下される。
(文=福井晋/フリーライター)