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「1億総ゴマすり化」が企業・教育・政治を破壊し始めた!経営者と教師の劣化が深刻

文=井上久男/ジャーナリスト
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「1億総ゴマすり化」が企業・教育・政治を破壊し始めた!経営者と教師の劣化が深刻の画像1「Thinkstock」より

「1億総活躍」の時代ではなく、全員が主流派にとどまってなんとか甘い汁を吸おうとする「1億総ゴマすり」時代が到来しようとしている。

 まずは甘利明前TPP担当相の金銭疑惑問題。実名で金銭の授受が告発されている。あっせん収賄の疑惑が持たれる行為であり、自分と秘書の金銭授受を認めた甘利氏は大臣辞任に追い込まれた。議員辞職してもおかしくないほどの不祥事だが、自民党や「御用メディア」からは甘利氏を擁護する声さえ出ており、自浄作用が機能していない。

 自民党内にかつてのように「言論の自由」があるならば、「辞任やむなし」とか「辞任すべき」といった批判的な声が出るだろうが、ほとんどそれもなかったばかりか、「嵌められた説」まで出ていた。

 自民党内で批判の声がほとんど出ない理由は、甘利氏が安倍晋三首相の信任が厚く大切な「お友達」だからで、その甘利氏を批判して官邸に嫌われたくないとの思いが透けて見える。賢い飼い犬は、主人がかわいがっている猫には噛みつかないのと同じだ。昨年の自民党総裁選の時でも、自民党の代議士の大半が安倍首相に気に入られようと、総主流化して再選を支持した。野田聖子氏が出馬するために推薦人を集めようとしたが、安倍首相の意向や思いを忖度する勢力から「圧力」がかかり、野田氏は結局出馬できなかった。

 与党内で健全な政策議論がないまま安倍氏が総裁に再選され、第三次安倍内閣が発足した。安倍氏の意向を「忖度」することで、大臣ポストや党の要職を射止めたいと考えたお歴々もいるだろう。一部が野田氏支持に傾いていた宏池会も、前会長の古賀誠・元自民党幹事長の動きを抑えるかたちで現派閥領袖の岸田文雄外相が「安倍支持」で派閥内を固めた。しかし、安倍氏は自分を裏切ろうとした派閥を許さず、閣僚ポストは大幅に削減され、結局入閣したのは岸田外相一人だった。いい「見せしめ」になった。ますます「安倍一強」が加速するだろう。

 こうして権力者の意向を過度に忖度する動きは、政治だけではなく、日本社会に蔓延しており、それが活力を失う大きな要因になっていると筆者は常々感じている。忖度とは、権力者が直接指示しなくても、その意向を慮り、権力者が気に入るような行動を取ることである。あるいは、権力者が間違ったことをしていても、それを正さず、悪いとわかっていても加担してしまうことでもある。いわば阿吽の呼吸での「ゴマすり」であり、お中元・お歳暮を送るとか、ひれ伏した態度を取るとかの単純なゴマすりではない。そうして権力者に気に入られることで、自分も地位を得ようと考える。

企業でも忖度が蔓延

 企業社会でも忖度が蔓延している。その象徴的な最近の事例が東芝の粉飾決算であろう。「先代社長に業績で負けたくない」とか、「好業績を残していずれ日本経団連会長になりたい」とかの歴代経営トップの意向を忖度して、悪いとわかっていても配下は悪事に手を染めてしまった。東芝の場合、社長や会長、相談役らが内紛に近いような権力闘争をしていたため、複数の権力者の意向を忖度しなければならず、さらに、それにブレーキをかける役員陣も不在だったので、病巣はどんどん拡大していった。この結果、とばっちりを受けるのは東芝の現場の社員たちだ。これから1万人規模の人員削減が始まる。

 また、日本経団連の榊原定征会長が企業に対して、今春闘で賃上げを声高に指示しているが、これも官邸の意向を忖度してのことだ。景気上昇の一つのバロメーターである賃金を上げて、支持率を高めたい安倍首相の意向を慮っている。

 これもおかしい。本来、賃金とは、個別企業の業績や将来戦略を見据えながら決めていくものであり、そのことは経営者自身がこれまで繰り返し主張してきたはずだ。掌を返したように、経営者のトップに君臨する経団連会長が賃上げを唱えるのは滑稽にも映る。榊原氏は一部財界では「官邸のポチ」と呼ばれている。ポチとは忠犬であり、忠犬は飼い主の意向を慮ることができる。ぴったりのニックネームといえるだろう。

 財界トップがこんな調子なのだから、企業内に忖度が蔓延するのも仕方あるまい。さらに、こうした雰囲気に加えて、現場の社員を「コンプライアンス地獄」で縛り、自由な発想や行動をできないようにしている。正論を吐く者や異質な考えを持つ者は組織内では「変人」として扱われ、サラリーマンとして栄達することはない。忖度に長ける上司が、同様な部下を選んで昇進させ、組織内には「負の忖度文化スパイラル」が生まれている。

 企業社会では「ダイバーシティ強化」も謳われ、多様な価値観を重視していくことが表面的には強まっている。しかし、現実は多様性ある組織ではなく、忖度できる人材で固められた均質な組織が出来上がっている。これは大きな矛盾であり、滑稽でもある。コンプライアンス強化を謳いながら、企業から不祥事がなくならないのは、正論を吐いたり異質な意見を言ったりする人材の減少、すなわち組織の均質化が背景にあるのではないか。

 さらに、こうした現状が社員のやる気をさらになくさせ、労働生産性の低下につながっているのではないか。日本のホワイトカラーの労働生産性は1994年以来、主要先進7カ国のなかでは20年以上にわたって最下位で、実は財政破綻寸前のギリシャよりも低いことはあまり知られていない。労働生産性低下も忖度文化の蔓延と大いに関係ある。

 メディアの世界も忖度が横行している。たとえば「官邸サイドからの圧力でニュースや番組の内容が変えられた」といったことが最近よくいわれる。しかし、ほとんどのケースで実際に具体的な圧力があるわけではなく、新聞社やテレビ局の上層部が官邸の意向を忖度しているのである。新聞の首相動静欄を見ると、大メディアの幹部が安倍首相とよく会食しているが、こうした場にお招きを受け、首相の考えを把握し、さらに気に入られようとしてその意向を忖度するのである。前述した甘利氏を擁護していた政治評論家も、動静欄で安倍首相と会食しているのを何回か見かけた。

教師にゴマをする子どもたち

 教育現場でも、中学生の生徒と教師の間に忖度があるというから驚く。知人から聞いた話だが、最近の中学生の中には内申書の成績を良くしてもらおうと、教師へのゴマすりに走る生徒もいるという。授業の内容でわかりにくいところがあっても、「先生の教え方がいいのでよく理解できました」などと中学生が平気で言うそうだ。

 ラ・サール高校や灘高校にも受かる偏差値の高い中学生が、授業中に先生の説明が間違っているのではないかと質問したところ、その教員が怒った。その結果、実力テストでは200点満点で198点くらい取る学力があるのに、授業態度が悪いと評価され、内申書につながる通知表の点数は極度に下げられた。挙句には、その中学校がある市と姉妹都市関係を結んでいる海外の都市へ短期派遣もほぼ決まりかけていたのに、取り消されたそうだ。他の中学生はみなそうしたことを見ているので、自分はそんな扱いを受けたくないとゴマすりに走るのであろう。

 この背景には教員の質や指導者の劣化がある。質問した生徒に怒った教員は、非正規雇用の臨時教員だそうだ。一部の教育現場では、教育費の削減によって非正規雇用の教員が増えており、すべてとはいわないが、こうした教員の中には、勉強を教える力も生活指導力も乏しく、およそ教師になる資質のないような人もいるそうだ。こうした現実を見て見ぬふりをする校長や教頭にも責任の一端があると思う。

 なんともおかしな世の中になったものだ。
(文=井上久男/ジャーナリスト)

井上久男/ジャーナリスト

井上久男/ジャーナリスト

1964年生まれ。88年九州大卒業後、大手電機メーカーに入社。 92年に朝日新聞社に移り、経済記者として主に自動車や電機を担当。 2004年、朝日新聞を退社し、2005年、大阪市立大学修士課程(ベンチャー論)修了。現在はフリーの経済ジャーナリストとして自動車産業を中心とした企業取材のほか、経済安全保障の取材に力を入れている。 主な著書に『日産vs.ゴーン 支配と暗闘の20年』(文春新書)、『自動車会社が消える日』(同)、『メイド イン ジャパン驕りの代償』(NHK出版)、『中国発見えない侵略!サイバースパイが日本を破壊する』(ビジネス社)など。

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