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日本の「食の強み」が崩壊の兆し…ミシュラン世界一の裏で進む“素材と人”の空洞化

2025.10.15 2025.10.14 23:25 経済
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UnsplashRichard Iwakiが撮影した写真

●この記事のポイント
・日本は世界で最も多くのミシュラン星付きレストランを持ち、「食」は訪日観光の最大の動機となっている。
・しかし、物流危機と一次産業の衰退により、高品質な食材供給の基盤が揺らぎ始めている。
・調理師免許取得者数の減少、人手不足、労働環境の厳しさが「食文化の担い手」の減少を加速させている。

 観光庁の調査によれば、訪日外国人の旅行目的として「日本の食を楽しむこと」は2019年以降、一貫して1位を占めている。寿司、天ぷら、和牛、ラーメンなど、日本独自の食文化は“クールジャパン”の象徴として世界に浸透し、ミシュランガイドでも東京は世界最多の星付きレストランを誇る。

 だがその「食の強み」が、静かに崩れ始めている。ある観光庁OBは次のように警鐘を鳴らす。

「ミシュランの星の数が多いということは、それだけ『素材と物流の質』が高いということの裏返しです。ところが今、日本の物流網そのものが揺らいでいる。物流が止まれば、日本食の評価も維持できなくなります」

2024年問題が直撃、物流網が支えてきた“味の品質”

 日本の外食産業を世界水準に押し上げてきた最大の強みは、全国津々浦々まで高品質な素材を安定供給できる「物流インフラ」だ。

 しかし、2024年4月からの労働時間上限規制(いわゆる「2024年問題」)によって、長距離ドライバーの労働時間が制限され、輸送能力が減退。さらに燃料費高騰、人手不足、輸送コストの上昇が重なり、外食業界の調達構造に影を落としている。

 食糧問題に詳しいアナリストの山田和人氏は危機感をあらわにする。

「和牛、魚介類、野菜、調味料──すべてが『適時・適温・適量』で届くことで、レストランは一流の味を再現できていました。ですがいま、物流の遅延やコスト増で、素材を日々扱う飲食店のオペレーションが限界に近づいています。これは単なる運輸業の問題ではなく、日本の“味”そのものの存続危機です」

 実際、国内の食品流通企業の間では「従来の配送スピードを維持できない」状況が広がり、冷蔵・冷凍チェーンを維持するコストが経営を圧迫。地方の高級食材を都市部に運ぶ仕組みが縮小すれば、“地方の味”が都市のレストランから姿を消すリスクも高まる。

素材の確保も難化…一次産業の衰退が「味の根幹」を脅かす

 さらに深刻なのは、素材そのものの供給力だ。日本の農業・漁業・畜産業は高齢化と人手不足で急速に縮小しており、農林水産省のデータでは農業従事者の平均年齢は68歳を超えた。

 後継者不足によって一部の特産品や地魚の出荷量が減少し、外食産業が必要とする高品質な素材を安定的に確保することが難しくなりつつある。

「一次産業の衰退と物流危機は、表裏一体です。生産地が維持できなければ物流は成り立たない。物流が止まれば、地域の食材が都市のレストランで使われなくなる。つまり“日本の食の多様性”が消えるということです」(山田氏)

 さらに続けて、「今のままでは、2030年頃には“食材の質”で韓国・台湾・東南アジアに逆転される可能性がある」とも警鐘を鳴らす。これまで日本が誇ってきた「どこで食べても一定以上においしい」という品質の底上げ構造が崩れれば、観光の競争力にも直結する。

 素材だけではない。料理人そのものの担い手も急速に減っている。文部科学省の統計によれば、調理師学校の入学者数は2000年代初頭から半減しており、調理師免許の新規取得者もピーク時の約6割にまで減少した。

 背景には、長時間労働・低賃金・修行文化など、他業種と比較して労働環境が厳しい構造がある。山田氏は、この構造的課題をこう解説する。

「飲食業は“技能の承継産業”ですが、長時間修行しても報われにくい。独立まで10年かかるといわれる世界に、今の若者はなかなか入ってこない。結果として、国内の食のクオリティを支える人材層が薄くなっている」

 特に地方では、観光施設や宿泊業のレストランに熟練料理人が確保できず、「地産地消メニュー」が形骸化するケースも出ている。山田氏も、「食の継承者を育てるための制度設計が急務」と語る。

「観光立国を目指すなら、“食文化の担い手”を守ることが国家戦略であるべきです。観光庁、厚労省、農水省が連携して、料理人・生産者・物流事業者を一体で支える枠組みが必要です」

“食×観光”のブランド再構築へ:地域・政策・企業の3層連携

 こうした課題に対し、再生へのカギはどこにあるのか。山田氏は「地域単位でのブランド形成」を挙げる。

「全国一律の“日本食”ではなく、地域ごとの食の物語を発信する時代に移っています。たとえば北海道の酪農、金沢の和食、九州の焼酎文化など、“地域×食”のストーリーを磨くことが、次のインバウンド競争力になる」

 また、行政と企業の協働を訴える。

「観光庁は『持続可能な観光地域づくり』を掲げていますが、食もまさにその中核です。物流・人材・生産の三位一体での支援を行い、観光事業者・飲食事業者・農業者が連携できる仕組みを政策的に整える必要があります」

 実際、政府は2025年度から「地域食材輸出促進プロジェクト」を拡充し、観光と輸出を一体で支援する方針を示している。だが、輸出偏重になれば国内供給が逼迫する懸念もある。“日本の食”を「外向き」と「内向き」の両面で守る仕組みが求められている。

 山田氏は、最後にこう締めくくった。

「これまで日本は“味の国”でしたが、これからは“味の供給国”を目指すべきです。つまり、世界の食文化を支える側に立つ。そのためには国内の素材・人・流通のすべてを持続可能に再設計する必要があります」

「食」は日本の観光・地域経済・文化を支える最後の砦であり、同時に最も脆い基盤でもある。ミシュランの星が輝く裏で、その光を支える人と仕組みが失われつつある今、
「日本の味」をどう未来に継承するかが問われている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)