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「即戦力が採れない」本当の理由は求人票?要件を3つに仕分ける「人材アセット・マトリクス」

2026.10.12 05:55 2026.10.10 23:36 経済
文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=松本祐樹/人事・労務コンサルタント

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●この記事のポイント
中途採用で即戦力が採れない原因は、現場の要望を積み上げた「全部盛り求人票」にある。doda転職求人倍率2.55倍などの最新データから、経験者の奪い合いが続く実態を整理。そのうえで、要件をMust・Can Learn・Unnecessaryに仕分ける「人材アセット・マトリクス」、現場への逆質問、生成AIを使った市場照合、育成体制を書き込んだ求人票づくりまで、実務の手順を解説する。

「募集を出して半年、内定がひとつも出ない」「エージェントから推薦すら上がってこない」。中途採用の現場で、こうした声はもう珍しくない。人手不足のせいだと片づけるのは簡単だが、求人票を読み直すと別の原因が見えてくることがある。現場から上がってきた要件をそのまま書き連ねた結果、市場にほとんど存在しない人物像を探している――という構図だ。

●目次

数字が示す「量」から「質」への転換

 まず足元の数字を確認しておく。厚生労働省によると、2026年8月の有効求人倍率(季節調整値)は1.18倍で前月から横ばい、完全失業率は2.5%だった。ハローワーク経由の指標で見る限り、労働市場全体は落ち着いている。

 ところが、ホワイトカラーの転職市場に目を移すと景色が違う。パーソルキャリアが運営するdodaの転職求人倍率は2026年6月に2.55倍、求人数は前年同月比16.6%増。業種別の8月データではコンサルティングが9.90倍、IT・通信が7.47倍と、経験者の奪い合いが続いている。

 経営への影響も表面化している。東京商工リサーチによると、2026年度上半期(4〜9月)の「人手不足」関連倒産は240件で、年度上半期として過去最多を更新した。帝国データバンクの7月調査では、正社員が不足していると答えた企業が51.3%に上る。

 見落とせないのが、マイナビ「中途採用状況調査2026年版(2025年実績)」の結果だ。2025年に採用目標を達成した企業は92.9%と過去最高だったが、同社はこれを採用目標人数の下方修正が影響した可能性があると分析している。そのうえで、人材不足の中身は「量」から「質」へ移りつつあり、同一業界の経験と職種スキルを併せ持つ経験者の獲得競争は一段と激しくなると見ている。

 多くの企業が同じ「即戦力像」を掲げ、同じ狭い母集団に殺到している。要件の設計そのものを見直す余地は大きい。

なぜ要件は膨らむのか

 求人票が「全部盛り」になる背景には、たいてい3つの力学が働いている。

 1つ目は、リスク回避の足し算だ。過去に採用でつまずいた経験のある現場マネジャーほど、「SQLが書けなくて苦労した」「業界知識がなくて顧客と話が噛み合わなかった」と、失敗の記憶を条件として積み増していく。本来は「あれば望ましい(Nice-to-have)」程度のものが、いつの間にか必須条件に格上げされる。

 2つ目は、社内で育てられるスキルと、外から調達すべき能力の区別がついていないこと。業界用語や社内の業務フローは入社後に教えられるが、課題を構造化する思考力のように短期では身につきにくい能力もある。この線引きが曖昧なまま、両方をまとめて「経験者であること」で担保しようとする。

 3つ目は、人事と現場の対話不足だ。人事が現場の要望をそのまま求人票に写し、「その条件を満たす人は市場に何人いるのか」「提示年収と見合っているのか」という確認が抜け落ちる。

「要件が増えるのは、現場が不誠実だからではありません。むしろ真剣だからこそ、不安を条件で埋めようとする。人事の役割はその不安を否定することではなく、『それは入社前に必要なのか、入社後に解決できるのか』を一緒に仕分けることです」(人事・労務コンサルタント・松本祐樹氏)

要件を3つに仕分ける「人材アセット・マトリクス」

 そこで有効なのが、要件を3つに分類する整理法だ。本稿では「人材アセット・マトリクス」と呼ぶ。

Must(絶対要件):入社直後から発揮が求められ、社内育成では習得に6カ月以上かかる能力。論理的思考力や、職務の土台となる開発言語の基礎など。
Can Learn(獲得可能要件):社内ドキュメントやOJTで3〜6カ月以内に習得できる知識・経験。業界固有の用語、特定ツールの操作、自社の業務フローなど。
Unnecessary(過剰要件):あれば望ましいが、成果との結びつきが弱いもの。特定職種の経験年数、学歴、前職の企業規模へのこだわりなど。

 6カ月、3カ月という期間はあくまで目安で、職種や自社の育成体制によって変わる。教育の仕組みがないまま「Can Learn」に振り分けても、入社後に放置されるだけだ。

 もう一つ大事なのが、要件を外す代わりに何を見るかを先に決めておくことだ。たとえば「業界経験」を外すなら、面接では学習意欲や未知の領域へのキャッチアップの速さを、具体的なエピソードで確認する。条件を緩めることと、見極めを甘くすることは違う。この「見返り評価項目」をセットで示すと、現場も要件の削減に納得しやすくなる。

現場との擦り合わせは「逆質問」から

 実務では、次の3ステップで進めるとよい。

ステップ1:逆質問でヒアリングする。「マネジメント経験3年がないと、具体的にどの業務のどの場面で詰まりますか」「その知識は、入社後1カ月のオンボーディングで教えられませんか」。答えが具体的に返ってくる要件はMustの可能性が高い。答えに詰まるものは、Can LearnかUnnecessaryの候補になる。

ステップ2:市場と照合する。 要件テキストを生成AIに読ませ、希少性や競合しそうな職種を整理させる使い方も広がっている。指示文はたとえば次のようなものだ。

 以下の採用要件(Must/Want)を分析し、日本の労働市場におけるターゲット人材の希少性リスク(高・中・低)と、採用で競合しうる職種を整理してください。また、過剰と思われる要件を2つ挙げ、理由を説明してください。

 ただし、AIの出力は論点出しの材料と割り切りたい。想定年収や該当人数の推計は根拠が不明確になりやすく、そのまま意思決定に使うのは危うい。エージェントへのヒアリング、求人サイトの公開データ、自社の過去の応募実績と突き合わせて、初めて判断材料になる。

ステップ3:求人票に反映する。 Can Learnに移した要素は削るだけでなく、「入社後3カ月は業界研修とOJTで知識を補う」といった育成体制の説明に書き換える。応募者には条件の緩和ではなく、「育ててもらえる環境」として伝わる。

モデルケースで考える:BtoB SaaS企業のCS採用

 仕組みのイメージをつかむため、想定ケースを示す。従業員150人規模、製造業向けBtoB SaaSを提供する企業が、カスタマーサクセス(CS)職を募集しているとする。

 当初のMustは「同業界でのCS経験3年以上」「SQLによるデータ分析」「顧客業界の現場理解」の3つで、提示年収は600万円。3条件をすべて満たす人はかなり限られる。応募がほとんど集まらず、エージェントからも「この年収帯では該当者が見当たらない」と言われる――という展開は十分に起こり得る。

 マトリクスに当てはめると、SQLと業界知識は入社後研修で補えるCan Learn、同業界での経験年数はUnnecessaryに近い。Mustとして残るのは「顧客の課題を論理的に整理し、解決策に落とし込む力」だ。これで無形商材の法人営業やコンサルティング経験者など、異業種の人材にも門戸が開く。母集団がどこまで広がるかは職種や地域で異なるが、「同業界のCS経験者」に絞るより大きくなるのは自然な帰結だろう。

 ただし、これが機能するのは受け入れ側の準備が整っている場合に限られる。研修カリキュラムやOJT担当者を用意しないまま異業種人材を迎えれば、早期離職というかたちで跳ね返ってくる。

「『同業界経験』を外すだけで、推薦できる候補者の数は大きく変わります。ただ、候補者側も入社後のサポートを必ず確認してくる。育成の中身を具体的に語れる企業ほど、異業種からの応募者の納得感は高いです」(同)

「100点を探す」から「80点を育てる」へ

 もちろん、すべての要件を削ればよいわけではない。高度な専門職や、立ち上げ期で教える余力のない組織では、経験者採用にこだわる合理性もある。問われているのは要件を「下げる」ことではなく、事業に本当に必要な能力を見極めて「設計し直す」ことだ。

 人件費の高騰が中小企業の経営を圧迫するいま、提示年収を上げ続けて100点の人材を待つ戦略には限界がある。採用の難易度を決めているのは市場環境だけではない。自社がどこに線を引くかで、出会える人材の数は大きく変わる。

 現場の「欲しい人材」をそのまま探すのではなく、育てられる部分と外から採るべき部分を切り分け、受け入れの仕組みとセットで要件を組み立てる。それができる採用チームが、経験者の獲得競争が続く中で確かな強みを持つことになるはずだ。

「採用と育成は別々の機能ではありません。要件定義の段階で『何を教えられるか』を言語化できる企業は、結果として育成の仕組みも磨かれていく。採用基準の見直しは、組織の学習能力を問い直す作業でもあります」(同)

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=松本祐樹/人事・労務コンサルタント)

【主な参照データ・出典】
厚生労働省「一般職業紹介状況(令和8年8月分)」 
doda「転職求人倍率レポート(2026年6月)」  /業種別データ 
東京商工リサーチ「人手不足」関連倒産(2026年度上半期)※LOGISTICS TODAY報道 
帝国データバンク「人手不足に対する企業の動向調査(2026年7月)」※ビジネス+IT報道 
マイナビ「中途採用状況調査2026年版(2025年実績)」 

BusinessJournal編集部

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公開:2026.10.12 05:55