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360度評価、なぜ失敗するのか…人事評価に直結は危険だが確実な効果も

構成=小野貴史、協力=安藤健/人材研究所シニアコンサルタント
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「gettyimages」より

 企業の存在意義を明確にする「パーパス経営」に取り組む企業が増えているが、同時に社員の評価手法にも変化が現われている。そのひとつが360度評価で、会社が定めた行動基準に基づく行動を評価する流れに入ったのだ。360度評価が日本に紹介されたのは約50年前だが、いまだに本来の方法を実施するのは至難だという。外資系企業から日系の大企業、中堅中小企業まで幅広く360度評価を指導する人材研究所シニアコンサルタントの安藤健氏が、盲点を指摘する。                            

――会社員で360度評価を経験した人は多いでしょうが、企業によっては適正な評価方法で実施されているとは限りません。まず評価手法の趣旨を教えていただけますか。

安藤 360度評価は、文字通り本人を中心として360度、すなわち上司、部下、同僚、ときには顧客や協力会社など仕事で関連するステイクホルダーが評価者となって、本人を評価する手法です。ただ、多くの場合、評価者は社内に閉じられています。360度評価をなぜ導入するかといえば、直属の上司が部下を評価する方法では評価者が1人だけですが、これでは客観性や公平性を担保できないという懸念から複数の評価者の目を入れることで、より納得性の高い評価をする。そんな意図があるからです。

――360度評価はアメリカの企業で始まった手法ですが、どんな背景があって導入が進んだのですか。

安藤 プレーイングマネージャーが増えて部下の状況を四六時中モニタリングできなくなったことや、そもそもマネージャーとメンバーは現場が違うので、マネージャーにメンバーが見えていない状況が生まれたことです。そこで、評価を受ける人が納得性を得られる評価手法を導入しようという動きが起きたことが始まりです。

――日本では1970年後に導入が始まったといわれています。高度経済成長が終焉に近づきつつあるなど転換期にあったことが背景でしょうか。

安藤 1970年前後は欧米の成果主義人事やコンピテンシー評価(行動特性の評価)が導入された時期ですが、同時期に360度評価も日本に入ってきました。欧米の企業は効果測定をきちんと行うので、アカデミックジャーナルでよく取り上げられていましたが、日本の研究者の目に留まって、研究者から企業に紹介されたという流れが多かったのです。

客観性を担保して納得感を高める難しさ

――ステイクホルダーの範囲ですが、社外にまで広げた場合、顧客からプラス評価されている要素が、社内ではマイナスに転じる例も多いのではないでしょうか。

安藤 顧客に対してスピーディーに対応したり、無理難題に応えている営業担当者は、えてして社内に対しては無理難題を通しているので評価が低いというケースもあると思います。同様に上司の無理難題に応えていて評価の高い中堅社員が、その無理難題を部下に命じているために部下からの評価は低いというケースもあります。

 360評価を使う理由には3つあります。1つ目は、上司と部下の現場が違うので、1人の上司だけでは評価できないこと。2つ目は、管理職のマネジメント能力を測定するために部下に評価してもらうこと。3つ目は、理念に基づく行動規範のバリューと人事評価をつなげる過程で、バリューは普段の言動ににじみ出ているので必ずしも上司だけが正確に評価できるわけではないということ。一緒に働く同僚たちから多面的に評価してもらうほうが、その社員がどれだけバリューを体現しているかを正確に評価できそうだという理由で、360度評価を取り入れる企業が最近増えています。

――360度評価を導入する企業は増えているのですか。この50年を振り返ると、どんな傾向にあるのでしょう?

安藤 導入が始まった1970年代にはドカンと増えましたが、80年代から90年代にかけて「これ、使えないよね」という評判が広がってやめる企業が増えました。その後2000年代に入って「使いどころを変えると使えそうだ」という見方が出て、また増えてきました。

――どんな理由で「使えない」という評判が広まったのですか。

安藤 例えば360度で同僚から評価されるとなると同僚同士の談合が発生したり、上司が部下に評価されることに備えて変に媚びたりして、適正な評価が行われないような事態が起きたのです。納得感を高めるために導入された360度評価ですが、納得性と客観性はイコールではありません。ここが盲点です。メンバークラスの社員はマネージャーと違って、人を評価する訓練を受けていませんが、「どのぐらいの評価ならS」「このぐらいならA」という評価の目線合わせを全社員に実施することはかなり大変です。現実にはできないので、メンバークラスは評価のリテラシーが低く、マネージャークラスに比べて客観的な評価ができないのです。こうして、客観性を担保して納得感を高めることは現実にはできないという理由で、360度評価は萎んでいったのです。

集合型の研修を実施して、結果を皆で解釈する時間が必要

――評価者対象の研修では、例えば目立つ特徴に引っ張られて対象を評価してしまう心理効果である「ハロー効果」に注意するように教えられます。目線合わせが実施されないと防げませんね。

安藤 我々もコンサルタントとして360度評価を分析していますが、ハロー効果が顕著に現われています。ある種の人気投票という側面が出てしまうのです。

――フィードバックの仕方も重要ではないでしょうか。上司、同僚、部下の全員からネガティブな評価を受けた項目があれば、本人に渡すシートのコメントを慎重に書かないと、集団リンチを受けたような気分になってしまうと聞きます。

安藤 実務的なポイントですが、360度評価を実施したら結果を本人に「読んでおいてね」と渡すだけではダメです。明日からもマイナス評価をした人たちと働いていくので、本人は悶々としていますし、この評価をつけたのは誰なのかと犯人捜しをしかねません。必ず集合型の研修を実施して、結果を皆で解釈する時間が必要です。とくに自己評価と他者評価のかい離が大きかった項目について思い当たるフシがあるかどうか。ここが重要なのです。自分ができていると思っていても、相手から見ると全然できていないとか、その逆もありますが、ギャップを考える機会が360度評価の核心なのです。そして研修の後に懇親会を開いて、思いを吐き出させることが大切です。

――360度評価は人事評価にどのように紐づければよいのですか。

安藤 人事評価は昇進昇格や昇給に関わるので、360度評価を結びつけることはかなり危険です。給料に結びつくとなれば、当然談合に走りがちですし、人気投票で給料が決まったら、たまったものではありません。この問題を踏まえて最近は人材育成を目的に実施されることが多いです。管理職のマネジメント能力を高めるために360度評価を実施する場合も人事評価に紐づかせないで、あくまでマネジメント能力を育成するために現在地を測ってみる目的で実施されることが、圧倒的に多くなっています。

――実際、360度評価は成果が出る手法なのですか。

安藤 しっかりとフォローすれば成果が出ます。ある研究によれば、360度評価を実施した後に結果を解釈するワークショップを開けば、どんなに辛い評価を受けていても6カ月後には「厳しいフィードバックを受けてよかった」と認知を変える人が多いのです。さらに実施の2年後に管理職のマネジメント能力が上がっているという調査結果もあります。結果が出るまでには時間はかかりません。

外資系企業と日本企業では大きな違い

――先ほど評価者向け研修の実施は現実的に難しいとうかがいましたが、それでも趣旨に即した適正な評価ができるのでしょうか。

安藤 評価の目的が人材育成であり、360度評価だからといって必ずしも客観的なわけではなく、あくまで評価結果を「評価者の主観の集合体」と捉えて実施する企業が増えています。

――御社のクライアントで360度評価を実施している業種や企業規模は、どんな分布状況ですか。

安藤 社員100人から1000人の間が多く、業種で多いのはIT系です。IT系企業は社員の現場が違うことが多く、プレーイングマネージャーも多いので、周囲の社員に評価してもらおうという意図があるのです。

――IT系企業の多くがリモートワークを導入していますが、バリューの体現を評価するうえで行動が見えにくいので、評価もしにくくなるという問題はありませんか。

安藤 あります。発言や行動は直に触れないとわからないので、リモートワークの環境下ではバリューの評価はできません。評価できるのは皆で会議をする時の態度ぐらいです。さらに組織を円滑に運営するには雑談が大事であることを、多くの企業がコロナ禍でようやく気づいたので「対面回帰」が起きています。

――外資系企業の360度評価と日本企業との違いについてはいかがでしょうか。

安藤 それほど違いません。ただ、文化の違いによるフィードバック内容の具体性の違いがあると思います。日本人はネガティブフィードバックが苦手なので、やんわりと伝えたり、遠回しに伝えることが多いうえに、360度評価を実施する時にメンバークラスはネガティブフィードバックの訓練を受けていないので、「こんなことを書いたら敵にされる」などと心配してきちんとしたフィードバックができないという問題はあると思います。一方、欧米の企業では360度評価でズバズバとフィードバックし合うことが、文化としては見られます。直接的にフィードバックすることが本人のために誠実であるという文化ですが、日本企業では本人が気づくように配慮することが誠実であるという文化です。

――各評価者のコメントはコンサルタントや人事部が取りまとめて本人にフィードバックするわけですね。訓練を受けないでコメントを記入する社員のなかには、問題のある書き方も多いのではないかと思います。

安藤 メンバークラスから「この人はここがおかしい」とか「そもそも人間として問題だ」など人格否定のコメントが散見される場合があります。それらをそのまま本人にフィードバックするとまずいので、コンサルタントは表現を変えています。適正な表現に変えるべきだと思います。

――ネットの書き込みのようなレベルのコメントですね。

安藤 匿名性があるので、ネットの書き込みと原理は一緒です。それをそのまま人事部が本人にフィードバックしてしまって、本人が集団リンチを受けるような会社は嫌だという理由で退職したケースもあります。よくある失敗パターンです。

――人事部はコンサルタントにサポートしてもらわないと危険ですね。

安藤 実際、360度評価を初めて導入する場合は、我々のようなコンサルタントにお声がけいただくことが多いです。

――360度評価をコンサルティングしている御社では、コンサルタントを対象に360度評価を行っているのですか。

安藤 行っています。弊社には7つのバリューを設定していますが、一つひとつバリューについて体現している人を全員で投票して、上位3人ぐらいをオープンにしています。上位者の行動を学んでもらおうという意図です。

(構成=小野貴史、協力=安藤健/人材研究所シニアコンサルタント)

安藤健/人材研究所・シニアコンサルタント

安藤健/人材研究所・シニアコンサルタント

青山学院大学教育人間科学部心理学科卒業。2016年に人事・採用支援などを手掛ける「人材研究所」(東京・港)へ入社。2018年から現職。国内大手企業での新卒・中途採用の外部面接業務や人事向けセミナーなどを手掛ける。毎月1回、組織・人事に関わる人のためのオンラインコミュニティー『人事心理塾』を企画・運営。著書に『人材マネジメント用語図鑑』(ソシム)、『誰でも履修履歴と学び方から強みが見つかる あたらしい「自己分析」の教科書』(日本実業出版社)。
安藤 健 | 株式会社人材研究所

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