中途早期離職65.4%の時代…人事が持つべき物差しは「採用コスト」から「採用ROI」へ

●この記事のポイント
「採用単価(CPA)を下げるほど得」という発想の限界を、2025年度の中途採用早期離職率65.4%、上場企業の早期・希望退職2万781人、採用費用650.6万円などの最新データから検証。入社後の活躍度を数値化する「採用ROI」算出モデルと、CFOを納得させる経営報告(Payback Period等)の実践法を解説する。
「採用単価を前期比20%削減できました」——人事責任者がこう報告すると、CFO(最高財務責任者)など経営陣からは「それで、その人材は1年後にどれだけ事業利益を生んでいるのか」と返ってくるかもしれない。
人事は「効率よく採れたか」を語り、経営陣は「その採用が事業にいくら跳ね返ってきたか」を問う。同じ採用活動を評価しているはずなのに、見ている物差しがまったく違う。この「噛み合わなさ」こそが、多くの企業で採用予算の増額や人事施策への投資判断が滞る根本原因になっている。
背景には外部環境の急速な変化がある。2026年春闘では、日本労働組合総連合会(連合)の第1回回答集計で賃上げ率が5.26%となり、3年連続で5%台の高水準が続く見通しだ。人件費が構造的に上昇する一方、東京商工リサーチの調査によれば、2025年度に早期・希望退職を募集した上場企業は46社・2万781人に上り、前年度の約2.5倍、2009年度以降で4番目の高水準となった。しかも募集企業の69.5%は黒字企業であり、業績悪化の「後ろ向きリストラ」ではなく、事業構造の転換を見据えた「攻めの人員再編」が主流になりつつある。
賃金は上がり、人材の流動性も高まり、AI導入による業務構造の変化で求められるスキルセットも変わり続ける——こうした環境下で「安く・早く・大量に採る」ことだけを追いかける採用KPIは、もはや経営判断の材料として機能しなくなっている。採用単価を下げようとするあまり、ミスマッチによる早期離職や、現場マネジャーの負荷増大といった「見えざるコスト」が積み上がっている企業も少なくない。
本稿では、人事が「コストセンター」ではなく「投資部門」であることを数字で証明するために、採用KPIを「採用効率(CPA)」から「採用投資対効果(採用ROI)」へと切り替える具体的な手法を解説する。
●目次
- 従来の「人事KPI」が経営を誤らせる3つの罠
- 経営陣を納得させる「採用ROI」の算定モデル
- CFOを一発で納得させる「経営報告ダッシュボード」の作り方
- 「採用ROI」を社内に根付かせるための3つの動き方
- AI時代の人事責任者は「事業投資のポートフォリオマネージャー」
従来の「人事KPI」が経営を誤らせる3つの罠
なぜ「採用単価」や「歩留まり」を追いかけ続けると、企業はじわじわと体力を失っていくのか。代表的な3つの罠を整理する。
(1)「CPA削減」の罠——ミスマッチと早期離職コストの放置
低コストの媒体や紹介経路で採用できても、入社から半年〜1年で離職してしまえば、採用費に加えて教育・オンボーディングコストや欠員による事業機会損失が重なり、結果として大きな損失に転じる。マイナビの調査では、2025年1〜6月に中途採用を行った企業のうち65.4%が早期離職者を経験しており、企業が「早期離職」とみなす在籍期間は平均9.6カ月にとどまる。エン・ジャパンの2025年調査でも、直近3年間で「入社半年以内の早期離職」を経験した企業は57%に上り、従業員規模の大きい企業ほどその割合は高い傾向にある。CPAという単一指標だけを追うと、こうした「入社後に発生するコスト」が可視化されないまま放置されやすい。
(2)「歩留まり改善」の罠——選考通過率の最適化がもたらす弊害
選考通過率や内定承諾率をKPIに据えると、現場や人事は「無難で落としにくい人材」を優先しがちになる。結果として、組織変革を担いうる異能人材や、経験は浅くともポテンシャルの高い人材が選考の過程で弾かれやすくなる。歩留まりの良さは「選考プロセスの効率」を示す指標であって、「採用した人材が事業に貢献するか」とは本来別の問題である。
(3)「採用充足率」の罠——人数の充足と事業貢献の非連動
マイナビの「中途採用状況調査2026年版」によれば、2025年の中途採用充足率は92.9%と前年から27.7ポイントも改善した。人数目標の達成という点では大きな前進だが、採用した人数が計画通りであっても、事業目標(売上・利益)が未達であれば、経営から見た採用活動の価値はゼロに等しい。採用のゴールを「入社」に置いている限り、この非連動は解消されない。
経営陣を納得させる「採用ROI」の算定モデル
人事の実感値ではなく、CFOや経営陣が採用を「投資」として受け止められる、具体的な計算フレームを提示する。
ステップ1:「隠れコスト」も含めた真の採用投資額を算出する
多くの企業が採用コストとして計上しているのは媒体費や紹介会社への成功報酬(直接コスト)のみだが、実際にはそれ以外のコストも発生している。
真の採用コスト = 直接コスト(媒体費・紹介料・RPO費用)+ 現場人件費(面接対応・オンボーディング工数を時間単価換算したもの)+ 早期離職リスク引当金(過去の離職率をもとに見積もる期待損失額)
マイナビの調査では、中途採用にかかる年間採用費用の合計は1社平均650.6万円(2024年度実績)で、前年から20.9万円増加し、2021年度以降4年連続で増加している。この金額はあくまで媒体費・紹介料などの直接コストが中心であり、現場の面接工数や早期離職の期待損失を加味すれば、実質的な採用投資額はさらに大きくなる可能性が高い。
ステップ2:採用成果(リターン)を定量的にスコア化する
入社後1年目の評価を、たとえば「S(事業を牽引)」「A(期待通りの貢献)」「B/C(未達・早期離職)」の3階層に区分し、各階層が創出したとみなせる年間価値を、年収に対する倍率として仮置きする。倍率の設計は業種・職種によって異なるため、自社の実績データ(過去の高評価者・低評価者の事業インパクト)をもとにカスタマイズする必要がある。
ステップ3:採用ROIを算出する
採用ROI(%)=(採用人材が創出した推定価値 − 真の採用コスト)÷ 真の採用コスト × 100
この考え方は、ISO30414が示す「人的資本ROI(売上高から人件費以外の経費を差し引いた額を人件費で割り、1を引いたもの)」の思想を、採用という個別の投資判断に応用したものだ。ISO30414の枠組み自体に絶対的な目安値はなく、自社の経年推移や同業他社との比較で評価するのが基本とされるが、採用ROIについても同様に、自社のS評価人材・早期離職者それぞれの実績データを蓄積し、相対評価の物差しとして育てていく視点が欠かせない。
重要なのは、単価が高くてもROIが高い人材を採る方が、単価が安くてもROIがマイナス(早期離職)になる人材を採るより、経営的インパクトが大きいという事実を数値で示せる点にある。
「経営会議で人事が語るべきは『いくらで採れたか』ではなく『その投資がいつ・どれだけ回収できるか』です。CFOはコストの多寡そのものより、投資の再現性と回収可能性を見ています」(人事・労務コンサルタントの松本祐樹氏)
CFOを一発で納得させる「経営報告ダッシュボード」の作り方
指標を変えるだけでなく、経営会議での「見せ方」も変える必要がある。
従来型の人事報告(CFOが物足りなさを感じやすい例) 「今期の採用進捗は80%、平均CPAは65万円で予算内に収まっています。」
アップデート後の人事報告(CFOが投資判断をしやすい例) 「今期は『高ROI層(S評価獲得が見込める経験者)』の獲得に採用方針を切り替えました。CPAは80万円に上昇しましたが、1年後の定着率が15ポイント向上し、現場のオンボーディング負荷を体感値で3割程度軽減できています。投資回収期間(Payback Period)は従来の想定14カ月から9カ月へ短縮する見込みです。」
経営報告に盛り込むべき指標として、以下の3つが挙げられる。
・入社1年内パフォーマンス達成率(Quality of Hire)——採用した人材のうち、入社1年後に期待水準(A評価以上)に到達した割合。
・投資回収期間(Payback Period)——真の採用コストを、当該人材が生み出す推定月次価値で除して算出する、投資回収までの月数。
・現場関与コスト(Time-to-Fill×現場工数)——採用の長期化が現場マネジャーの工数をどれだけ圧迫し、事業機会をどれだけ損なっているかを可視化する指標。
これらはいずれも、採用担当者だけで完結する数字ではなく、事業部門・人事・経営企画が実績データを持ち寄って初めて精度が上がる。したがって指標の導入自体が、部門間の対話を促す副次効果も持つ。
「採用ROI」を社内に根付かせるための3つの動き方
指標を変えるだけでは定着しない。運用と評価制度をあわせて変える必要がある。
1. CFO・経営企画を味方につける財務目線での事前調整
人件費・採用費を「販売管理費」という単純なコスト区分ではなく、「事業成長のための投資枠」として捉え直す合意を、CFOや経営企画とあらかじめ交わしておく。この合意形成なしに採用ROIの数字だけを見せても、単なる「言い訳の材料」と受け取られかねない。
2. 「入社後活躍データ」を選考現場へ還元する
高ROIを生んでいる社員の選考時データ(面接評価、適性検査結果など)を分析し、一次面接の評価基準や採用要件の定義に定期的にフィードバックする仕組みをつくる。採用の入口と、入社後の活躍という出口を、データでつなぎ直す作業だ。
3. 採用担当者の評価指標を見直す
リクルーターの評価やインセンティブを、「採用人数・CPA」中心から、「入社後の定着率・パフォーマンス評価」を組み込んだものへ移行する。評価制度が変わらなければ、現場の行動も変わらない。
「採用ROIという考え方自体は目新しいものではありませんが、実際に定着している企業は多くありません。ボトルネックは計算式ではなく、評価制度と部門間の合意形成です」(同)
AI時代の人事責任者は「事業投資のポートフォリオマネージャー」
生成AIやRPO(採用代行)の普及により、採用業務そのものの効率化は今後、多くの企業で当たり前になっていく。その先で問われるのは、限られた経営資源(資金・人件費・時間)を採用という資産にどう配分し、事業成果として最大のリターンを打ち返せるかという視点だ。
採用単価の多寡を競う時代から、投資対効果を語る時代へ。人事責任者に求められる役割は、現場の採用担当者から、経営資源の配分を担うポートフォリオマネージャーへと静かに移りつつある。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=松本祐樹/人事・労務コンサルタント)
【主な参照データ・出典】
マイナビキャリアリサーチLab「中途採用状況調査2026年版(2025年実績)」
マイナビキャリアリサーチLab「中途採用状況調査2025年版(2024年実績)」
マイナビキャリアリサーチLab「離職率とは?最新データから早期離職の現状を考察」
エン・ジャパン「『早期離職』実態調査(2025)」
厚生労働省調査結果に基づく報道(nippon.com「大卒3年離職率、33.8%:4年ぶりに低下」)
東京商工リサーチ「2025年度の『早期・希望退職』は2万781人 約7割が『黒字リストラ』」
JILPT「賃上げ率は3年続けて5%超に/連合の2026春季生活闘争の第1回回答集計」











