“キムタク”封印した『アイムホーム』は、なぜ私たちの心を打つのか?普通の人生への問い
「半沢」とも「古御門」とも違う堺雅人
『Dr.倫太郎』の主人公、日野倫太郎(堺)は優秀な精神科医だ。社内いじめに遭っていたOLを救い、秘書を愛したことに悩んでいた小説家を再起させ、政権を仕切る官房長官を陰で支えていたりする。
それでいて、自らの恋愛となると不器用だ。売れっ子芸者の夢乃(蒼井優)に魅かれるが、自分の心も相手の気持ちも簡単には分析できない。いや、把握できていると本人は思っている。しかし、友人で外科医の水島百合子(吉瀬美智子)から見れば、医師としての境界を越えそうな倫太郎は、危なっかしくて仕方ない。
また、毎回さまざまな患者を相手に治療を行う倫太郎だが、自身も先輩精神科医(遠藤憲一)のカウンセリングを受けている。普段は押し隠している不満や不安を、大声で叫んでしまう主人公というのも珍しい。
堺の模索は、『半沢直樹』(TBS系)の半沢とも、『リーガル・ハイ』(フジテレビ系)の古御門研介とも違う主人公の創出だ、しかし、視聴者はどこかで、これまで堺が演じてきたヒーロー像を求めてもいる。その折り合いが難しいところだが、堺は健闘している。
何しろ、米倉涼子主演『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)における、スーパー外科医の手術シーンのような見せ場はつくれない。患者と向き合い、じっくりと話を聞き、心の重荷を取り除いていくのが精神科医だからだ。治療の効果もすぐ現れるとは限らない。そんな一見地味な役柄を、堺は飄々と、そして軽妙に演じているのだ。
また、金を巻き上げる母親(高畑淳子)との確執からくる精神疾患を抱えた芸者、蒼井もハマリ役である。
かつて心理学者・岸田秀の著書『きまぐれ精神分析』が出版された70年代末から80年代初めにかけて、ちょっとした精神分析ブームがあった。果たして後半へと向かう中で、このドラマはそんな社会現象を起こせるのか。物語の推移と共に注目したい。
(文=碓井広義/上智大学文学部新聞学科教授)