高血圧薬、大半は「総死亡数減らない」との調査結果…「減少効果あり」はこの薬のみ
最近の国内医薬品売上高ランキングには、上位20位までの間に血圧の新薬が5つも入っています。ちなみに1位と2位は肝炎の新薬で、突然のランキング入りです。今回は、長年、世界中の製薬企業にとってドル箱となっている血圧の薬にスポットをあて、業界の裏側事情をまとめてみました。
血圧を下げる薬は古くからありましたが、最初に世界的ヒットとなったのは「サイアザイド系利尿薬」と呼ばれるものでした。この薬は、非常によく効いて血圧が明らかに下がるため、瞬く間に世界中で使われるようになりました。
血圧が高い人は世界中にたくさんいますから、その後も新しい血圧の薬が続々と開発されています。現在、使われている薬は、サイアザイド系利尿薬のほか「ベータ遮断薬」「カルシウム拮抗薬」「アルファ遮断薬」「アンジオテンシン変換酵素阻害薬」「アンジオテンシン2【編注:正式表記はローマ字】受容体拮抗薬」の6種類です。古い順に並べましたから、最後が最新ということになります。
さて日本の法律では、新薬が開発されると、「治験」と呼ばれる調査を経て国の審査を受け、効果と安全性が確認されれば晴れて新発売となります。その際、厚生労働省の審議会の答申に基づき、同大臣が薬の値段を決めることになっています。この値段を「薬価」といい、全国共通です。
その後、2年ごとに見直しが行われ、薬価は下がっていきます。たとえば論文のねつ造で有名になったディオバンという薬は、アンジオテンシン2受容体拮抗薬の1つですが、発売開始となった平成12年には1錠(80mg入り)が186.1円でした。その後、ほぼ一定の割合で切り下げが行われ、平成20年に151.5円、平成28年には99.6円となりました。同年、特許が切れ、同じ成分を配合したジェネリック医薬品が続々と発売され、こちらのほうは39.6円となっています。
これからわかるように、製薬企業にとっては新薬発売後の数年間が勝負どきであり、売り上げを伸ばすために、あの手この手のPR合戦が繰り広げられます。といっても、PRは主に医師に対して行われるため、一般の人が気づくことはないでしょう。
コクラン共同計画
血圧の薬をめぐっては、これまで数多くの大規模追跡調査が世界中で行われてきました。そのレベルもピンキリですが、もっとも信頼性が高いのは、以下のようなスタイルに基づく調査です。
まず数千人のボランティアを募り、公平に2つのグループに分けます。このとき、両グループには、結果に影響を及ぼすかもしれないあらゆる条件が均等になっていなければなりません。年齢や性別はもちろん、血圧やコレステロールなどの検査値、喫煙や飲酒の習慣などで、ときには学歴や職業などについても調査が行われ、それらの値が均等になるように、コンピューターを使った振り分けが行われます。
その一方のグループには本物の薬を、また他方には偽薬を飲み続けてもらうのですが、この場合の偽薬は「プラセボ」と呼ばれ、薬を飲んでいないことの心理的な影響を排除する上で大切な役割を果たします。
こうして数年後、どちらのグループで「血圧が下がっていたか」「高血圧が原因となる脳卒中が予防できたか」「寿命が延びていたか」などが比較されます。特に大切なのは、寿命が延びていたかどうかです。いくら血圧が下がっても、またいくら脳卒中が予防できても、薬には必ず副作用があり、寿命が延びるとは限らないからです。
ただし実際には、寿命の代わりに「原因を問わず死亡した人の総数」を調べることになります。この数字を「総死亡」といいます。
最近、高血圧の薬に関する衝撃的な論文が発表されました。世界中の大規模調査の論文を厳選し、総括を行っている組織があり、「コクラン共同計画」と呼ばれています。その組織から発行された論文集の1つに、血圧の薬の調査データを総括した結果が掲載されたのです。
結論は、「総死亡を低下させる効果がある薬は、昔からあるサイアザイド系利尿薬だけ」というものでした。
ちなみに、この薬の現在の薬価は、先発品(かつての新薬)でさえわずか1錠9.6円、ジェネリック医薬品になると6.1円でしかありません。売れるだけ赤字になってしまいそうな値段で、この発表には世界中の製薬企業が青ざめたことでしょう。
(文=岡田正彦/新潟大学名誉教授)
参考文献:Wright JM, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2009.