出版大手・講談社で青年コミック誌「モーニング」の編集次長の社員が、2016年8月9日未明、東京・文京区の自宅で妻の首を圧迫して殺害したとして、今年1月、殺人の疑いで警視庁に逮捕・起訴されたのは記憶に新しい。
起訴されたのは、韓国籍の朴鐘顕(パク・チョンヒョン)被告(41)。警視庁の調べによると、事件は去年8月9日午前2時45分ごろ、自宅階段の下で妻が倒れているとして朴被告が119番して発覚。
妻の死因について、捜査員への朴被告の説明が「階段から落ちた」「首をつって自殺した」と変遷するなど不審な点があったため、捜査1課が調べていた。
さらに、妻が自宅で倒れているのが見つかった際、朴被告が自宅にいて、付近の防犯カメラの映像でほかの人物が部屋に侵入した形跡がなかったこと、また、遺体を司法解剖した結果、妻の首に絞められたような痕などがあることが判明したという。
捜査1課は解剖結果や現場の状況などから、朴被告が妻の首を絞めて殺害した可能性が高いと判断し、逮捕に踏み切ったようだ。夫婦の間になんらかのトラブルがあったと見て、詳しい経緯を調べることにしている。
首つり自殺か、自殺偽装の絞殺かは、なぜわかるのか?
なぜ殺人偽装の容疑が浮上したのか――。
上述したように、被告の証言が二転三転するなど不審な点があったことも大きいが、その決め手は司法解剖によって、「遺体に絞殺の痕」が見つかったことだろう。
しかし、首つり自殺か、自殺偽装の絞殺かは、なぜわかるのか?
それは、首つり自殺(縊死)と絞め殺された他殺死(絞死)では、死体の特徴がまったく異なるからだ。首つり自殺の場合は、首に自分の体重が一気にかかるため、椎骨動脈が圧迫されて頭部への血流が止まるので、顔面が蒼白になる。
足が完全に地面から離れるオーソドックスな定型縊死では、死後、時間の経過とともに糞尿が出て、首が伸びる。だが、ドアノブなどを使って足を地面に付けたまま首を吊る不定型縊死では、死体の眼球に溢血点や顔面にうっ血が出る。
溢血点とは、毛細血管の内圧の上昇、低酸素や無酸素状態による毛細血管壁の透過性の亢進、毛細血管壁の痙攣などよって生じる小さな出血痕だ。うっ血とは、静脈や毛細血管内の血流が停滞・増加した状態。局部は冷たく暗紫色になり、静脈や毛細血管は腫れ上がる。
一方、絞め殺された他殺死(絞死)の場合は、窒息死のため、死体の眼球に溢血点が出る。ただし、窒息状態でも、椎骨動脈が圧迫されなければ血流があるので、顔面は赤黒くうっ血する。
吉川線を見れば、首吊り自殺か絞殺による他殺かは一目瞭然!
遺体解剖の際、絞死かどうかを判定する目安になるのが「吉川線」だ。人気テレビドラマ『科捜研の女9』(テレビ朝日系)最終話でも、このようなエピソードがあった。
首吊り自殺か絞殺かが判然としない死体が上がる。死体の首に残った索条痕は水平でなく、斜めに残っていたことから、主人公の榊マリコは悩む。ところが、死体の首を精査すると、わずかに掻きむしったような痕が……。
吉川線は、紐やロープなどで首を絞められた場合に、被害者の首に残されるひっかき傷の跡だ。被害者が紐や犯人の腕を解こうと抵抗して、首の皮膚に爪を立てたり、掻きむしったときに生じる。
つまり、吉川線を見れば、自分で首を吊った自殺か、絞殺による他殺かが判明する。この名称は、大正時代に警視庁鑑識課長を務めた吉川澄一(1885~1949年)が「ひっかき傷は他殺の証拠」と学会発表したことにちなむ。
法医学では、紐やロープを巻きつけて頸部を水平に圧迫し、気道を閉塞させて呼吸できないようにすることを絞頸(こうけい)、絞頸による死亡を絞死、絞頸による他殺を絞殺と呼ぶ。
だが、絞頸による自殺(自絞死)は稀だ。自絞死するためには、結び目をつくったり、機械的な動力を利用して絞め上げたりするなど、意識を失ってもロープが緩まない巧妙な工夫や仕掛けがいるからだ。
ちなみに、手や腕で頸部を圧迫することを扼頸(やくけい)、扼頸による死を扼死(やくし)、扼頸による殺人を扼殺(やくさつ)という。扼殺は、喉にある舌骨、首、胸などを骨折している場合が少なくない。
いずれにせよ、冒頭の事件の事実関係は、今後の公判で争われ明らかになるだろう。本当に妻を絞殺した後、首吊り自殺かのように偽装したのか――。事実の解明が望まれる。
(文=ヘルスプレス編集部)