高校・大学の受験を経験した人なら、誰でも心当たりがあるだろう。ゴロのいい覚え方だ。たとえば数学なら√2=1.41421356(一夜一夜に人見頃)。日本史なら710年(なんと立派な平城京)といった具合だ。
医学系・薬学系の人が、第1類感染症(ペスト、南米出血熱、マールブルグ熱、エボラ出血熱、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱、天然痘)を覚える時は、「ペットなんとまぁえらく天然」「南米の一番えらいペットはクマ」「マクラへ納豆ぺっ!」などと諳(そら)んじる。記憶力が少々弱くても、ゴロゴロしながらでも覚えられるらしい。
だがゴロはゴロでも、一国の大統領にゴロゴロされてはたまらない。感染症のリスクを世界に撒き散らすドナルド・トランプ大統領をテーマに話を進めよう。感染症とトランプ大統領にどのような関係があるのかと思ったかもしれない。ところが、大ありなのだ。
感染症のリスクを世界に撒き散らすトランプ大統領
ご存じ、トランプ大統領の“錦の御旗”(トランポノミクス)は、米国ファーストに潜む大衆迎合(ポピュリズム)、世界を目くらましする偉大なるアメリカ再生の夢、孤立・分断・排外主義を標榜する反グローバル・ナショナリズムだ。
2017年以降、トランポノミクスがアメリカ社会と世界情勢をどのように変質させるのか。また、世界平和を脆弱化させるのか。瞬時も目を離せない状況にある。
トランポノミクスの余波は、医療・保健分野にも及ばざるを得ない。反移民・反ワクチン・反環境の愚策は、世界のグローバル化に逆行するため、感染症を流行させる誘因になる高リスクがある。
まず、トランプ大統領は、なぜ反移民にこだわるのか。トランプ大統領は、就任前から移民の不法入国を阻止するため、「メキシコ国境に壁を築く」などと暴言を繰り返した。就任直後の1月27日に、イスラム諸国7カ国の国民について、90日間の入国を禁止する大統領令を発令したが、連邦裁判所の執行停止に阻まれた。
だが、3月6日にイラン、リビア、シリア、ソマリア、スーダン、イエメンのイスラム諸国6カ国の国民の入国を禁止する大統領令に署名、90日間の入国禁止、120日間の全難民の入国を停止した。「この国はテロの脅威から免れるわけにいかず、我々の敵はこの国の自由や寛大さを我々に対してしばしば悪用する。その事実は変わらない」とジョン・ケリー国土安全保障長官は、規制・審査のない渡航が国の安全保障を脅かすと強く指摘した。
しかし、このような排斥を受けた人々は、どうなるのか。米国外に入国先を求め、居住圏を形成するほかない。このような移民の特徴は、ワクチンの接種率が低下し、麻疹、風疹、百日咳などのVPD(ワクチン予防可能感染症)に対する免疫が弱いので、居住圏そのものがVPD発症の巣窟になる恐れが強まることだ。
麻疹、風疹、百日咳などのVPD感染が世界に拡散するおそれ
さらに悪いことに、トランプ大統領は反ワクチン主義者だ。なぜ反ワクチンにこだわるのか。
時間は少し遡る。1998年にMMR(麻疹―おたふくかぜ―風疹)ワクチンの接種が自閉症と関連するとの研究論文が英国の医学雑誌『Lancet』に掲載され、英国、カナダ、米国などで接種拒否が拡散。その後、MMRワクチンと自閉症の関連性は否定された。しかし、トランプ大統領はこの研究論文を頑なに確信し、反ワクチン主義を貫いている。
もし、VPDの接種サービスが中止されれば、VPDの感染に脆弱な世代が激増する。つまり、VPDへの免疫力が低くなるため、海外からVPDが持ち込まれれば、ヒト-ヒト感染によって、この世代が感染・発病するだけでなく、感染源となって米国社会に感染が蔓延する。
さらに、恐ろしい事実がある。麻疹に感染した患者の約30%は、なんらかの合併症を起こす。たとえば、肺炎は約15%、脳炎は0.1~0.2%に発症する。脳炎による後遺症の発症率は20~40%と高く、致死率も低くない。VPDワクチンを接種せずに感染者に接触すれば、ほぼ確実に感染・発病に至るのは明白だ。
しかも、VPDの感染は米国社会だけにとどまらない。VPDに感染した人が飛行機などに乗って海外へ移動すれば、感染が輸出され、世界中で一気に飛散する。2016年の関西空港での感染拡大のように、麻疹流行の記憶は新しい。グローバル化した世界では、感染症は是非もなく国境を越えるので、感染症が世界中に蔓延するするリスクは避けられない。
地球温暖化の諸政策を反古にした反環境の罪は重い!
さらに困ったことがある。トランプ大統領は反環境主義者でもある。なぜ反環境にこだわるのか。
地球温暖化や大気汚染などの気候変動対策は、水資源の不足、農業生産の低下、洪水の危険性、呼吸器系疾患の発症などをもたらす地球規模の喫緊課題にもかかわらず、米中ロなどの先進諸国の政治的な思惑が複雑に絡み合い、足並みが揃わず進捗は思わしくない。
トランプ大統領は、産業界の過保護や重工業の優遇策に偏向するあまり、気候変動対策に及び腰になり、学術界や環境関連産業、市民運動、マスコミなどへの圧力・統制を陰に陽に強化している。
しかも、3月28日には、オバマ前政権が2015年に推進した火力発電所からのCO2排出を規制するクリーン・パワー・プランなどの地球温暖化対策を全面的に見直す大統領令に署名。エネルギー生産に関するすべての環境規制や政策を反古にし、骨抜きにしただけでなく、自然エネルギーへの転換、省エネルギーの推進の機運に冷水を浴びせる愚挙を重ねている。
気候変動対策を無視・放置すればするほど、地球温暖化に伴ってデング熱、ジカ熱、黄熱などの感染症を媒介する蚊の生息域が拡大するリスクが高まる。たとえば、2017年3月22日現在、フロリダ州とテキサス州では、旅行による輸入感染症ではなく、現地に生息する蚊によるジカ熱の発症例が222例もある。
しかも、反環境の愚策による感染症は、米国内だけにとどまらず世界中に飛び火し、特にアジアやアフリカではデング熱ウイルスを媒介する蚊の繁殖や感染拡大が懸念される。気候変動対策は急務だ。
このように、トランポノミクスによる反移民、反ワクチン、反気候の愚策は、世界にさまざまな感染症を撒き散らすリスクが高く、世界のグローバル化に真っ向から逆行する暴挙としか言いようがない。では、日本はいかに対処するべきだろうか。
・地球上の一切の排外主義に反対する。
・VPDなどの予防接種サービスの普及を徹底する。
・米国の顔色をうかがうのではなく、気候変動対策に真摯に取り組む。
このようなことが必要になる。ゴロゴロしている時ではない。
トランプ大統領は、イスラム諸国の国民を拒んだり、メキシコ国境に壁を築くのではなく、感染症を撲滅するための盤石な壁を築く道を選ぶべきだ。
*参考文献/『from 911/USAレポート』第739回「トランプ政権の性格はどう変わったのか?」冷泉彰彦/「トランプ政権の政策が感染症に対して及ぼしうる懸念についての考察」高橋謙造 ほか
(文=ヘルスプレス編集部)