日本の代表的な高級住宅街といえば、「東の田園調布」「西の芦屋」。その芦屋のなかでも群を抜くレベルの超高級エリアが「六麓荘町」だ。某菓子メーカー社長や大物ミュージシャンなどの著名人も多く暮らしているというが、その実態はベールに包まれており、広くは知られていない。
独自の建築協定が存在し、勝手に家を建てられない、道路には信号も電柱もない、町内会入会費が50万円……。数々の噂に彩られた六麓荘町の実態について、現地の不動産会社であるOh!不動産の幸保和明代表取締役社長に聞いた。
目指したのは「東洋一の別荘地」
六麓荘町は、JR神戸線の芦屋駅から徒歩30分の場所に位置する。町内には信号どころか電柱もなく、タクシーも走っていない。立派な庭を擁した大邸宅が立ち並び、コンビニエンスストアもスーパーマーケットもない。人通りは少なく、ひっそりと静かな町だという。
「六麓荘町は、1928年頃に大阪の財界人たちが中心となって出資・開発されました。“東洋一の別荘地”を目指して、当時イギリスの植民地だった香港の九龍半島にあった白人専用街をモデルに建設されたといわれています」(幸保氏)
道幅は6メートル以上、1区画は少なくとも300~400坪。水道用の貯水池を設けたり、日本で初めてとなる電線の地中化を行ったりするなど、六麓荘町では先進的な造成が行われた。
「お金持ちの排他的な街をつくろうとしたのではなく、理想の街をつくって眺望を守ろうとしたのが発想の出発点だったといいます」(同)
六麓荘町では、新たな住宅や別荘を建てる際の手続きや建築基準を「六麓荘町建築協定」として設けている。現在でも、建物が協定を満たしているかを住民たちで運営される「建築協定運営委員会」が確認しているのだ。
その項目には「1区画が400平方メートルの敷地であること」だけでなく、「建築物の建物は1階建か2階建まで」「緑地部分10平方メートルにつき、高木1本と中木2本を植えること」など、街の景観を意識した項目が並んでいる。
長年、住民たちが守り育ててきた美しい街並みを壊さないために、新たに移り住んできた住民には「住宅環境を保全するため町内会規約を遵守します」といった内容の誓約書に署名を求め、「街のコンセプト」を理解してもらうのだという。
こうした決まりはあくまでも自主的な「紳士協定」だったが、その拘束力を強化するために住民たちが活動した結果、2007年に「芦屋市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例」が改正された。
「全国に高級住宅街は多くありますが、六麓荘町がそのなかでも特別な理由は、市や企業ではなく、町民たちが自主的に開発してきたという成り立ちにあります。『高級住宅街』というカテゴリを条例化してまで守っているのは、日本では六麓荘町のほかにはありません」(同)
町内会入会金は規格外の50万円
新たな住民には町内会への入会が義務付けられ、その賛助金として50万円が必要だという。
「町内会への入会金が50万円、町内会費が年1万2000円、積立金が年6000円かかります。これらは、共有施設などの管理運営費用に充てられています」(同)
徹底した景観保護を実施できるのは、この規格外の町内会費があるからこそなのかもしれない。町内会への入会が必須だからか、住民同士のコミュニケーションは活発で結束は固いという。
「六麓荘町では、昔から住民たちが率先して理想の街づくりをしてきました。代々暮らしている住民たちは、六麓荘町のブランドやステータスをひけらかすというよりも、プライドを持って継承しているんです。美しく静かな街並みを守るために、条例や町内会の活動が必須なのだと思います」(同)
中国人の大富豪も増えている?
何代も住み続ける住民がいる一方で、新たにやってくる住民も多い。新規住民には新興企業の社長や芸能人などが多いというが、外国の富裕層も増えているという。
「最近では、中国系の方もちらほらいらっしゃるようです。それも、日本のお金持ちとは桁違いの大富豪。アジアのお金持ちたちは、その独自のネットワークを通じて六麓荘町に注目しているようです。彼らは歴史と伝統を理解しているので、『ちょっと日本にも別荘を買おう』という軽い気持ちではなく、日本に住むつもりで買っているんです」(同)
美しい景観を守り育ててきた六麓荘町の住民たちだが、その目的はあくまでも自分たちが静かに暮らすため。世界的にも珍しいという唯一無二の高級住宅街は、これからも住民たちの手によって守られていくことだろう。
(文=坂本七海/清談社)
●取材協力/株式会社Oh!不動産 幸保和明代表取締役社長