「トイレから出たばかりなのに、すぐにトイレに行きたくなる」
「尿意を感じてからトイレに行くまでに、我慢できずに漏れてしまう」
「就寝中、何度もトイレに起きる」
このような症状に悩む中高年は少なくないだろう。これらは「過活動膀胱」といわれ、膀胱の筋肉が硬くなった状態であることを示している。
従来、過活動膀胱の治療は薬を服用することが一般的だったが、2020年4月にボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法が保険適用となった。過活動膀胱の患者にとっては朗報であるが、まだ広く知られていないのが現状である。新たな治療法であるボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法と過活動膀胱について、くぼたクリニック松戸五香院長の窪田徹矢医師に聞いた。
「過活動膀胱とは、急に尿意を感じ我慢できなくなり、慌ててトイレに駆け込むような症状をいい、一度、尿意を感じ始めると我慢できなくなり、頻尿になります。また、夜間頻尿を伴うことが多い症状ですが、実際にトイレに行っても、尿は僅かしか出ないという点も特徴です」
日本では、 40 歳以上で 12.4%(男性 14.3%、女性 10.8%)の人が過活動膀胱の症状を有するとの統計もあり、性別を問わず加齢に伴い増加する傾向にあるが、理由は加齢だけではないという。
「加齢により膀胱の筋肉が硬くなり伸び縮みが悪くなることも原因のひとつですが、男性の場合は、前立腺疾患などが影響していることもあります。前立腺疾患の場合は、そちらの治療を行います。しかし、過活動膀胱は原因不明なケースも多く、ストレスなどが影響することも多くあります。いずれの原因の場合も、過活動膀胱により生活の質(QOL)が低下するなど、頻尿に悩む人は少なくありません。
頻尿の目安としては、日中にトイレに行く回数が8回以上。夜間頻尿は、就寝中に1 回でもトイレに起きれば当てはまります。これまで、過活動膀胱の治療といえば、まず行動療法を行い、効果がない場合や症状がひどい場合には薬物療法も合わせて行うことがメインでした。しかし、薬物療法では、他の疾患によっては使用できる薬に制限が出るケースもあります。ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法が新しい選択肢として加わったことは、過活動膀胱に悩む患者にとって有益だと思います」
過活動膀胱の治療薬のなかには、緑内障がある場合には使用できないものもあり、薬の選択には注意が必要となる。
ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法はなぜ普及しない?
ボツリヌス毒素による治療は「ボトックス」と呼ばれ、美容医療の分野では、顔の筋肉を動かすことによって起きる表情ジワの改善に使用されており、安全性は高い。ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法は、ボトックスにより膀胱の筋肉を緩めることで症状を緩和する。
「実は、保険適用となる以前から、自由診療によって取り入れている医療機関もありました。しかし、全額自己負担となるため、希望する患者さんは多くはいなかったのが実情です」
それが保険適用となり、多くの医療機関で行われるようになるかと思われたが、実際はそうではないという。
「保険適用となったことで、ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法が適すると考えられる患者さんには治療を行いやすくなりましたが、どの過活動膀胱の患者さんにも適用できるかというと、そうではありません。ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法は、局所麻酔を打ち、尿道から膀胱内に入れた内視鏡で観察しながら、専用の細い注射針を膀胱の筋肉に注射します。その量は、ボツリヌス毒素を100~200単位、20~30箇所に分けて打ちます。入院の必要はなく、外来で行うことができ、所用時間はわずか10~20分程度です」
通常、治療後2~3日で効果を感じるが、6カ月程度で徐々に効果がなくなるという。
「効果が得られ、治療を継続する場合には1年に2回、膀胱への注射が必要となります。使用するボツリヌス毒素の量が多いため、保険適用とはいえ窓口負担は1回の治療で3万円ほどになり、1年に2回治療を行うと約6万円。費用対効果は患者さんによって異なると思います。また、ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法は泌尿器の専門医しか行うことができないので、治療を行う医療機関が限られます」
世界では90カ国以上の国で行われ、安全性が高い治療法ではあるが、副作用が起きる可能性もある。
「尿道から内視鏡を入れるため、まれに細菌感染が起きることもあり、その場合は抗生物質を服用します。また、ボトックスの効果により、筋肉が緩みすぎて尿を出すことが困難となり、尿閉(尿が出ない)になるケースが5~9%程度、起きると報告されています。尿閉となった場合には、尿道から管を入れて尿を出す自己導尿を行う必要があります」
ボツリヌス毒素膀胱壁内注入療法に伴い、さまざまなケアが必要となることがあるため、医師とよく相談する必要があるが、興味がある人は泌尿器科の専門医に相談してほしい。