さて、いざとなったら遮二無二でも働かなきゃならない上司は……といえば、就業時間内であっても、秋のおとずれとともに社内の敷地を散歩し、落ちたクルミを収穫するのが日課。そして、私の隣のおばさんは、仕事が早く終われば、席で堂々と”編み物”を始める。これもまたドイツ流。日本人が違和感を覚えようと、それがここでの常識なのである。
病欠は有給休暇にあらず
こうした両国の違いは、病気で会社を休むときにも遭遇する。
「風邪のため今日はお休みしたいのですが……」。体調の悪い日の朝、こんな電話を会社にするのは日本もドイツも同じ。しかし、そこから先がまったく違ってくる。
ドイツでは、「お大事に」という言葉よりも、「アテストを忘れないで」と言われる。アテストとは、医者が書く診断書のことだ。病気で休むなら、かならず医師の診断を受け、このアテストを会社に提出しなければならない。ここまでの話なら、「勤勉なドイツ人らしい」とおおかたの日本人なら思うかもしれない。だが、その「勤勉さ」の裏側には驚くべき事情がある。
「何日休みたいですか?」――ドイツの医師はまじめな顔で、会社を休んだ患者にこう聞く。患者が「3日間」と答えれば、医師はさっさと3日間の休業が必要との診断書を作成してくれる。自己申告に従って、医師が必要と思えば1週間でも1カ月でも可能だ。実際、私の同僚は6カ月間という途方もない長期休暇をもらっていた。
余談だが、ドイツでは医者が温泉での療法を勧めることがある。温泉療法にも保険が適用されるから、各地の有名な温泉地は長期の湯治客でにぎわっている。温泉地に何週間も滞在するのは決して珍しいことではない。
さて、日本では「風邪ぐらいで休んで。自己管理がなってない」と冷たい視線を感じつつ、肩身の狭い思いをしながら出社したことがウソのようなドイツ。さらに驚くのは、病欠した日数が”有給休暇”から引かれないことだ。自らの有給休暇を削る日本の事情を同僚に話すと、「病気は不可抗力だから仕方ない。それなのに自分の有給休暇が減るなんて想像もできない」と怒り出す始末だった。
アテストを出した時点で休暇の日数は決まっているので、「がんばって早く治して職場に」などという考えは間違ってもしてはいけない。予定より早く出社しようものなら、「コイツは大丈夫か?」という不審の眼差しがこちらに集中する。そればかりか「風邪がうつったらどうするんだ。責任とってくれるのか」という非難にさらされ、それこそ職場で肩身の狭い思いをする羽目に陥る。くれぐれもご注意を。
(文=金井ライコ/フリージャーナリスト)