もはや“国民食”としてだけでなく、日本発のカルチャーとしても世界的に認知されているラーメン。名店のガイドブックなども多く存在するが、『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス――50の麺論』(光文社)はラーメンの歴史や文化を独自の視点で解説した、業界の「基礎講座」的な内容の本である。そこで、「文系ラーメンファン」とも呼ばれる考察系ラーメン文化の解説や、今後のトレンドなどについて、著者の青木健氏に聞いた。
異例のライトユーザー向け基礎知識本
ラーメン専門のデザイナー・イラストレーター・漫画家などとして活動する青木氏は、ラーメン店のロゴやメニュー表、ユニフォームなどのデザインを手がけている。国内外に数十店舗展開する「ラーメン凪」や、ラーメン店で初めてミシュランの星を獲得した「蔦」、同じくミシュラン掲載店「金色不如帰」などのロゴは青木氏によるものだ。ラーメンにハマったきっかけについて、青木氏はこう語る。
「もともと好きな食べ物のひとつでしたが、30歳手前でラーメンのガイドブックを買い、ラーメン記録をつけ始めたことにより、熱量が増し始めました。今53歳なので、マニア歴は20年以上。現在までに、6500店舗ほど食べ歩きました。1日に何杯も食べることもありますが、平均して1日1杯くらいのペースです」(青木氏)
四半世紀ほどラーメンを食べ歩く中で、青木氏は独自の見解をいくつも獲得していた。そこにラーメン本出版の話が持ち込まれる。しかし、学術的なアプローチの「ラーメン評論」への理解は低く、出版までは難航したという。
「おいしい店特集とかガイドブックは、世間の素人評論家やブロガーでもたくさんやっているので、僕の出番ではないですよね。本書をプロデュース・編集してくれた石黒謙吾さんから、現代のラーメンについての基礎知識をまとめるような本を作れないか、という話をいただきました。その石黒さんが出版社に企画を持ち込んでくれたのですが、30社くらいに断られたそうです」(同)
そのような苦労の末、完成したのが本書である。日本のラーメン年表、系列店の基礎知識、ラーメン用語の解説など、ライトユーザー向けの内容となっており、青木氏もそのような人に読んでほしいと話す。
「ラーメン店にとってはライトユーザーが一番大事で、客層としても多い。コアファンは名店やコアなお店にしか行きませんから、普通のお店にほどほどの頻度で行くライトユーザーがラーメン業界を支えているといってもいいんです。なので、そういう人にもっとラーメンを身近に楽しんでもらえるような基礎的内容にしました。ライトユーザーと思われる読者からは『ラーメンについて知っていたつもりだったけど、知らないことがたくさんあった』という反応もいただけて、うれしいですね」(同)
「文系ラーメンファン」とは何か
ラーメンマニアというと、年間の食数などを誇示する人や、行列に辛抱強く並び、殺伐とした雰囲気でラーメンをすすっている姿などをイメージしがちだ。しかし、青木氏の信条は、そのようなイメージとは違っている。
「僕は、いわば『文系ラーメンファン』と言えるスタイルですね。普通のラーメンフリークは『あの店に行った?』とか『あれ食べた? 食べてない? それじゃ未食扱い(ある店に行ったことがあっても特定のメニューを食べていない場合を指すラーメン用語)だよ』などと、面倒くさいやり取りをしがちです。一方で、文系や書斎派と呼ばれるラーメンファンは、『どう食べるか』ということに重きを置き、それでいて他人に決まりを押し付けません」(同)
「あの店に行くべし、このメニューはこう食うべし」ではなく、それぞれにとっての最良の食べ方を追求するのが文系や書斎派ラーメンファンというわけだ。本書の中でも、「麺を『丼のどこから抜くか』で味が変わる」と、青木氏は自身の食べ方の工夫を論じている。胡椒や鶏油がかかっている部分と素のスープに浸かっている麺とでは、味が大きく変わるからだ。
また、ラーメンを楽しむために、あえて定番メニューを頼まないこともあるという。
「『八雲』(池尻大橋)というワンタン麺が有名なお店がありますが、僕はワンタンを入れません。ワンタンがおいしすぎてラーメン自体に集中できないからです。でも、ワンタンがおいしいのは知っているから、ビールと一緒に素のワンタンを楽しみます。ただ、これは僕の正解であって、絶対にそうしろと言いたいわけでもありません。他にも、ラーメンを食べたということより、駅から店までの道のりが良かったとか、店員さんの対応が見事だったとか、そういうこともおもしろいですよね。ラーメンに関わる周辺を拾っていくのも、文系ラーメンファンの考え方かなと思います」(同)
「なるべくゆるくラーメンを楽しむ」ことを心がけている青木氏は、本書でもそのスタイルを意識しているということだ。
ラーメンのトレンドはスープから麵へ?
これまでラーメンはスープの改良などが盛んに行われ、多くのバリエーションが生まれてきた。ただ、昨今は目新しい変化がないようにも思えるが、ラーメン界の新たなトレンドはあるのだろうか。
「最近はいろいろな味のスープが定着していて、なかなか新しいものは出てきていません。なので、今後は麺の方で新たな工夫がされていくんじゃないでしょうか。たとえば、最近注目されているのが『もち小麦』。これは、通常はラーメンに使われないモチモチ感が特徴の小麦を使った麺で、『麺と未来』(下北沢)、『日陰』(川崎)といったお店が使用していますね」(同)
もち小麦はモチモチ感を阻害するアミロースをほとんど含まないため、従来の麺とは異なる、餅のような新食感が味わえるのだ。両店で提供されている麺は非常に太く、さながらうどんのようである。他にも、麺に工夫を凝らすお店は増えているという。
「『麺や七彩』(八丁堀)では、注文を受けてから、粉の状態から麺を打つのが特徴的でした。今は、ある程度作り置きされています。岐阜県岐阜市の『らぁめんりきどう』では、麺の種類が異なる2色つけ麺があり、そのインスパイアとして、『麺や麦ゑ紋』(新宿)というお店も昨年オープンしています。麺にはまだ開発・進化の余地が十分にあり、今後はさまざまなアプローチがなされていくと思いますね。うどんやそば、パスタという名はいずれも麺そのものを指しますが、ラーメンだけは麺自体をラーメンと捉えない特殊性があります。これを機に、ラーメンの麺が見直されることを期待しています」(同)
他にも、青木氏は「カレーのようなスパイス系ラーメンはまだまだ開拓の余地がある」と語る。すでに「スパイスラーメン」を標榜している店もあるが、もっと増えてもおもしろいのかもしれない。
最後に青木氏は、ラーメンがここまで人気になり、議論される理由を語ってくれた。
「まず、うどんやそばに比べて歴史が圧倒的に浅いです。うどんやそばが花開いたのは江戸時代頃。それに比べて、ラーメンという食文化が確立・普及してから、まだ100年くらいなのです。うどんやそばは歴史があるので、全国的にも『こう』という共通認識がありますが、ラーメンは人によってバラバラ。九州の人と北海道の人では、全然違うラーメン像がある。定まったルールがないがゆえに、議論の対象になったり、いろいろな試みがされたりするのです。それもラーメンの魅力のひとつなので、今後どんな広がりを見せるのかが楽しみですね」(同)
教養を身につけてすするラーメンは、一味違うかもしれない。本書を読むことで、新たなラーメンの楽しさが発見できるだろう。
『教養としてのラーメン ジャンル、お店の系譜、進化、ビジネス――50の麺論』 書斎派ラーメンファン待望の、ありそうでなかった、ラーメン全体を俯瞰した<完全基礎講座>。ビートたけしさん絶賛「この人、すごいなあって思うわ」