Pさん リスナーの層が偏ると、例えばジャズのような若年層にウケない楽曲はいくらクオリティが高くても評価されないことになり、そのようなボカロPが離れていき、徐々に楽曲の多様性が失われていくのではないかと危惧しています。
そこで、さまざまな世代がボカロ楽曲を聴くようになり、若年層向けでない音楽にもフォーカスが当たるようになれば、もっとボカロの世界は楽しくなると思っています。
せっかくメジャーシーンと違う世界が与えられたのだから、その世界とは違う音楽が評価され、はやってほしいのです。
ーー本日は、ありがとうございました。
●ボカロPへのインタビューを終えて
インタビューに応じていただいたPさんは、挑発的に仕掛けた私の質問に対しても、終始、穏やかな雰囲気で対応されていました。そこにはボカロという新しい文化を、論理で論破して押しつけるような態度はなく、むしろ、このような新興の文化を受け入れ難い人がいるという事実を、寛容的に理解されている様子が、とても印象的でした。
また、「ボカロは素晴しいものなのだから、どの世代のどんな人でもボカロを楽しんでほしい」という想いは、「無理して理解してもらう必要はない」という我が家の娘のスタンスとは随分違うようでした。
このインタビューでは、「コラボレーション」というボカロの進化の形態が紹介されました。ソフトウェアの世界においても「オープンソース」という似たような文化がありますが、それはしょせん「技術」の世界に閉じる文化です。
それにくらべて、このボカロ文化の「コラボレーション」とは、例えるのであれば、
ーーフレーズを口ずさんでいたら、どこからともなくフレーズを完成させてしまう人が来て、気がついたら誰かがフレーズに歌詞をつけてしまい、さらに、わらわらとバンドのメンバが集まってきて演奏を始めて、気がついたら武道館コンサートの舞台に立っていたーー
というくらい、開放的で、荒唐無稽で、カオスで、アバンギャルドで、何より、みんながとても楽しそうな「コラボレーション」のように感じました。
またボカロの創作にかかわる方の、その「大らかさ」にも感銘を受けました。自分の著作物の二次的利用を「黙認」ではなくて「奨励」するその精神は、やはり賞賛に値すると思うのです。
灰かぶり姫のお城や、ネズミの着ぐるみの写真をブログにアップロードすると、たちまち警告状を飛ばし、著作権の保護期間を法律で延長させてしまうほどの政治力を持つ、千葉県にあるアミューズメント施設の法人とは、見事な好対照を成しているように思えます【註3】。
それでは、次回の後編(最終回)では、楽器メーカの技術者やボカロ愛好者の方へのインタビューを交えながら、我が家の中学2年生の娘とのボカロをめぐる騒動などを描きつつ、ボカロ文化についてまとめさせていただきたいと思います。
(文=江端智一)
【目次】
【1】初音ミクを生んだ“革命的”技術を徹底解剖!ミクミクダンス、音声、作曲…
【2】キャラ設定はない?ボカロPが語る「初音ミクの作り方」〜AKBファンと同じ?
【3】次世代技術の結晶「初音ミク」を、“文化”にまで昇華させた者は単なるオタク?
※後編へ続く
※本記事へのコメントは、筆者・江端氏HP上の専用コーナーへお寄せください。
【註1】「DAW」ではCubaseやSONARが有名です。
【註2】Adobe After Effectsや、フリーであればAviUtl、ニコニコムービーメーカー、MacではiMovie等がよく使われます。ミクミクダンスはそれだけで完結するものではなく、上記ソフトウェアに読み込ませる素材を作成するツールとして位置付けられます。
【註3】http://biz-journal.jp/2012/11/post_1020.html