ルネサスの経営は狂っている…相乗効果なき巨額買収を繰り返す、呉CEOに疑問広がる
外資に買収されて良かった社員たち
これまでの大リストラの結果、多くの社員が退職し、残された社員はきつい労働環境で泣き泣きやっている、という声も聞く。ただし、日立製作所とNEC、三菱電機という親方日の丸大企業の役員・社員なら、これまでののんびりムードから一転して厳しい現実を突きつけられたわけだから、話半分で聞くとしても、残された社員がやる気を出して働く環境になっているのか、呉CEOは検証したことがあるのだろうか。最近は、富士通の半導体部門にいた人たちから「外資系企業に買収されて良かった」という声をよく聞く。富士通だけではない。旧三洋電機の半導体部門の人たちからも、「外資に買収されて、やる気が出た」という声も聞いた。
リストラにリストラを重ねた後で、どのようなビジョンをルネサスの経営者が社員と、とことん話し合ったのだろうか。ビジョンが見えないという声も聞く。さらに呉CEOと柴田英利CFOとの間に不協和音が流れているという情報もある。「日経ビジネス」(日経BP社)に掲載された柴田CFOへのインタビュー記事(※1)と日経新聞の呉CEOインタビューの記事(※2)をよく読むと、そのことは微妙な差として表れている。
呉CEOへのインタビューでは、なんとかして自動車と関連のあるように見せているが、柴田CFOへのインタビューでは、自動車に多くを依存するのは危ない、と書かれている。IDT買収をなんとかして正当化しようとするあまり、自動車以外にも分野を広げようとして百貨店経営を目指すというのだ。柴田CFOはこれまでの選択と集中から一転、手広く製品を持とうというわけだ。
日本の半導体をダメにした百貨店方式
しかし、1990年代から日本の半導体がダメになってきた一因は、この百貨店経営だった。日本の半導体はどこも脱百貨店経営から選択と集中にシフトしてきた。それを再びもとに戻すというわけだ。もしそうなら、なぜ今の時代に百貨店経営に戻るのか、それがなぜ成功すると見込んでいるのかを説明しなければならない。
自動車の電子化はむしろ今後10年以上続く新しい成長市場とみられている。だからインテルやクアルコム、ザイリンクスなど自動車とは無縁だった半導体メーカーでさえ自動車市場に参入してきているのだ。ルネサスは自動車事業トップだった大村隆司氏を退職に追いやってまで、それをわざわざ手放し、百貨店経営にシフトしようとしているのである。どう見ても首をかしげざるを得ない。
TIの製品戦略は社員と一緒に決めた
しかも前出「日経ビジネス」の記事によると、ルネサスがお手本とする半導体企業はテキサスインスツルメンツ(TI)だという。これについては首をかしげてしまった。TIも従来の百貨店経営からアナログ半導体メーカーにシフトした企業である。TIは、アナログ半導体にフォーカスする方針を、優秀な社員を集めたブレーンストーミングを半年かけて行い決定した(※3)。当時の経営者のトム・エンジボス氏は筆者とのインタビューでそう語っていた。「経営者だけで製品戦略方針なんか決められないよ」と述べていた。
ルネサスのトップが、製品戦略を社員と一緒に決めたとは思えない。当時の日本は、「米国企業はトップダウン、日本はボトムアップ」と認識していただけに筆者は驚いた。エンジボス氏は、「みんなで決めたTIの方針を国内外・社内外に発表するのがCEOの仕事だ」と語った。
エンジボス氏は、1995年頃、DRAMと国防エレクトロニクスを売却したが、その時もエンジニアのやる気を削ぐことを極力避けた。DRAMエンジニアはDRAM開発を続けたいはず、国防エレクトロニクスエンジニアは、それを続けたいはず、と考え、それぞれライバル会社であったマイクロンとレイセオンに売却した。
強い分野をより強く
さて、アナログにフォーカスすることを決めたTIは、アナログ半導体のなかでも、高精度なオペアンプやコンパレータは持っていなかったため、それを得意とするバーブラウン社を買収した。また低消費電力の高周波アナログ回路も持っていなかったため、それの得意なチップコン社を買った。アナログにフォーカスすることをみんなで決めた以上、アナログを徹底的に強くしようと考えたのである。だから買われる企業も買う企業も納得のいく買収となった。
ルネサスがTIを模範としているようには、とても見えない。TIを模範とするなら、自動車の電子化をもっと進めるべきだった。ルネサスの苦手な分野はまだ自動車に残っている。センサもなければ、LiDARもない。自動運転用の画像認識の推論用エッジコンピュータも弱い。センサフュージョンも弱い。センサとアナログをつなぐ回路やA-D変換、トランシーバ関係などルネサスよりも強い半導体企業はある。それをないがしろにして、百貨店を目指しても失敗することは目に見えている。なんの相乗効果も見られないからだ。
それでも成功させるつもりがあるのなら、全社員と危機感を共有し、ビジョンをつくって共有し、社員のやる気を出させることを実行していかなければならない。社長室などに閉じこもって裸の王様になっていないで、社長室をぶっ壊して、みんなと自由に話のできる雰囲気をつくることこそ、真っ先にやるべき仕事ではないか。それもせずにルネサスの浮上はありえない。米国の企業のなかには、テストソフトウエア開発ツールLabVIEWで有名なNational Instrumentsのように、社長室を設置しない大企業もある(※4)。
(文=津田建二/国際技術ジャーナリスト)
【参考資料】
※1:「ルネサス社長、『車載用とIoTを伸ばす』」、日本経済新聞 電子版、2018年9月11日
※2:「ルネサス、脱・自動車依存へ1兆円 米半導体企業買収でデータセンター強化」、日経ビジネス、2018年10月3日
※3:津田建二「パソコン時代の次を読んだ」、EDN Japan別冊「エレクトロニクスの50年と将来展望」、リード・ビジネス・インフォメーション発行、2007年1月
※4:津田建二「社長室なんかいらない」、News & Chips、2016年5月6日