ネット炎上を起こすのは「7万人に1人」…東急電鉄とサントリーの広告“炎上”はなぜ起きた?
インターネット上で毎日のように起きる「炎上」。未成年の学生が飲酒をしたり、コンビニエンスストアの従業員がアイスケースに入ったりといったやらかしは定番ネタだが、炎上にもトレンドがある。移り変わりの激しい炎上の現状と実態は、どのようなものか。
『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)の著者で国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師の山口真一氏に話を聞いた。
“やらかし系”に代わって“表現の炎上”が急増
――2016年にも、山口さんに炎上についてお話をうかがいました。それから2年、炎上はどう変わりましたか?
山口真一氏(以下、山口) 炎上そのものは沈静化していない印象があります。社会的な関心も、ずっと高いままですね。
――それでは、炎上の内容的な変化はあったのでしょうか。
山口 「アイスケースに入る」のように学生などの若者がやらかして炎上するケースはゼロではありませんが、数自体は減ってきている印象です。“アイスケース炎上”は13年、今から5年前がピークだったんです。
――なぜ、近年は減っているのでしょうか。
山口 ネットを利用するなかで「これをしたら炎上する」という知識が浸透してきたことや、学生に向けた情報モラル教育が充実してきた影響でしょう。一方で、エビデンスがあるわけではないのですが、近年目立っていると感じるのが表現に関する炎上です。アイスケースのような「明らかにこれは炎上するだろう」というものでなく、捉え方で炎上してしまうようなケースですね。代表的なものとして、「東急電鉄マナー広告の事例」があります。
※東急電鉄マナー広告の事例…17年1月に同社が「ヒールが似合う人がいた。美しく座る人だった。」というキャッチコピーの車内マナー広告を制作。写真では、足を閉じて座る女性の両脇に足を開いている男性と足を組んだ男性が写っている。これに対し、「おせっかいで抑圧でしかない」「電車内で本当に迷惑なのはこの両脇の男性や痴漢なのに……そっちに直接訴えるべき」などの意見が出て炎上した。
この事例は、個人的には炎上するような内容だったか疑問です。制作者側の意図を無視した状況で批判が噴出したという印象を受けました。これがダメなら、女性を登場させること自体難しくなってしまいます。一方で、「サントリー頂の事例」は「炎上するかな」という感じはしますね。
※サントリー頂の事例…17年7月にサントリーが新商品「頂」(第3のビール)のPR動画をネット上に公開。女性たちが飲んで「コックゥ~ん! しちゃった」などと話すシーンに「卑猥」と批判が集中した。サントリーは謝罪後、動画の公開を停止した。
――こちらは「攻めてみたら、やっぱり炎上」というケースですね。
山口 この動画では、評価・擁護の声もありました。おそらく、リーチさせたいおじさん層には、ある程度受けたのだと思います。実際、私もそういった意見を聞いたことが何回かあります。一方で、女性や一部の男性に「なんだこれは」という人もいた。その結果、炎上したんです。
ポイントは、「頂」の場合はテレビCMではなくネット動画だったという点です。テレビで流れるCMは強制的に目に入ってきますが、ネットの動画は見ないという選択もできますよね。だから、ターゲット層に受ければ良いという考え方があった。加えて、ネット動画の競争が激しくなるなか、過激な表現で受けを狙ったが、実際にはこのように炎上する。「ネットでも、対象者以外から批判が集まる」ということがわかる典型的な事例だと思います。
男だらけの会議で20代女性が意見を言えるか
――東急電鉄もサントリーも女性の描き方で炎上したといえますが、ジェンダーの問題は“火薬庫”といっても過言ではないですね。
山口 重要なのは、「ある程度炎上するのを見越して炎上したと考えられるケース(サントリー)」と「予期せず炎上してしまったケース(東急電鉄)」は切り分けるべきだということですね。
――制作側は、どういった点に気をつければいいのでしょうか。
山口 ポイントは2つあります。
(1)制作の現場に多様な人材を入れる
(2)心理的安全性を確保する
(1)に関しては、「うちは対応できている」という会社は多いんです。「会議の席に若い女性(男性)を入れている」と……でも、それだけでは足りません。同時に、(2)の心理的安全性も確保できていることが大切です。
たとえば、会議の席で50代のトップの男性社員、ほかに40代、30代の男性社員がいるなかで、20代の新人女性社員がひとりで発言できるかという問題がありますよね。
――忖度しちゃいそうですね。
山口 賛成意見なら言いやすいでしょうが、特に反対意見は言いにくいですよね。「自由に批判して、自由に意見が言える環境」であることがとても大切で、「うちは若い人を入れているから大丈夫だ」という会社は、その視点が欠けているのではないかと思います。考えてほしいポイントですね。
――かといって、広告などの場合、炎上を恐れて表現を控えると毒にも薬にもならないものしかできず誰も見向きもしなくなり……という点が難しいですね。
山口 ちょっと尖ったことをやれば、1%や0.1%の人が不快に思うのは仕方のないことなんですよね。しかし、0.1%の人たちが熱意を持って書き込むと大炎上になってしまうのがネットの現状です。炎上して当然のような内容のものとそうでないものを、冷静に区別する必要があります。
――ごく少数の大暴れする人たちに全体が振り回されるというのは、前回取材した2年前から変わらない、ネット炎上の大問題ですね。
山口 14年に2万人を対象とした調査では、「過去1年間で炎上について書き込んだことのある人」は全体の0.5%しかいません。これは200人に1人です。
さらに、「ひとつの炎上事例あたりの参加者」という観点で見ると、さらに参加人数は少なくなります。14年における炎上発生件数は667件です。現役の炎上参加者が年間2件の炎上に書き込んでいると考えても、わずか0.0015%程度、7万人に1人しか、ひとつの炎上事件に書き込んでいないことがわかります。
ジェンダートラブルが陥りがちな展開とは
私自身は女性だが、「東急電鉄マナー広告事例」で「女性はきれいに座るべきだ」「女性に対する抑圧だ」などと受け取るのはおかしいと思う。一方で、実際に電車のなかで足を広げて座っている人は男性が多いのだから、ポスターにおいて「きちんと座る人」を女性ではなく男性の写真にすれば炎上は避けられたと思うので、この部分に疑問を感じる人の気持ちは理解できる。
ジェンダーに関するトラブルは「どこに怒っているのか」、そして「その怒りは妥当なのか」が明確にならないまま、「なんだか女が怒っている、おぉ怖い」となってしまいがちであり、それは怒っている側にとってもっとも血圧が上がる展開ではないだろうか。
次回は、引き続き山口氏に「炎上を引き起こしているのは誰なのか?」という点について話をうかがう。
(文・構成=石徹白未亜/ライター)
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