ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 京アニ、遺族無視の実名報道の暴挙  > 3ページ目
NEW

京アニ、マスコミの犠牲者実名報道で遺族に甚大な被害も…遺族の反対を無視の暴挙

文=明石昇二郎/ルポライター
【この記事のキーワード】,

警察も悩んでいた

 2017年10月、神奈川県座間市内の住宅で9人の遺体が発見された「座間事件」では、警察発表によって犠牲者の身元が判明した以降、新聞やテレビは犠牲者の実名と顔写真を報じた。この際も、遺族が顔写真の公表や実名報道をやめてほしいと申し入れていたが、大半の報道機関に無視された。

 一方、2016年7月、神奈川県相模原市の障碍者(しょうがいしゃ)施設で、重い障碍のある入所者19人が殺害された「やまゆり園事件」では、神奈川県警が遺族の要望を理由に犠牲者の氏名を公表しておらず、取材で実名を突き止めている報道機関もあるのに、いまだ実名報道はされていない。

 やまゆり園事件の発生から数年が経ち、同事件を掘り下げた報道では、遺族の「匿名希望」の理由や思いに心を寄せ、共感を覚える記者を多く見かける。だが、なぜ京アニ事件ではそうならなかったのか。そこには、それこそ「社会全体で共有」すべき障碍者蔑視の問題が潜んではいないか。

 今回の京アニ事件で京都府警の担当者は、報道機関に対して犠牲者の実名を明らかにした理由について、

「社会的な関心が高く、事件の重大性や公益性などからも情報提供をすることがよいと判断した」(NHK)

「35人全員の葬儀が終わり、事件の重大性や社会的関心の高さなどから判断した。亡くなった人の名前が明らかにならないと間違った名前が広まる懸念もあった」(同)

「事件の重大性、公益性から実名を提供すべきだと判断した。報道機関や一般の方も非常に関心が高く、身元を匿名にするといろんな臆測も広がり、間違ったプロフィールも流れる。亡くなった方の名誉が著しく傷つけられる」(朝日新聞)

などと語ったのだという。毎日新聞は「府警関係者」の話として、「お盆前の公表は避け、全員の葬儀が終わるのも待つよう警察庁が指示」していたと明かす。そしてNHKは、ある警察幹部の話として、「遺族の意向に配慮しつつ慎重に検討を進めてきたが、多くの遺族が公表を強く拒否する中難しい対応を迫られた」という警察内部の苦悩も紹介していた。

焦らず地道な報道を

 実名報道の記事は、のちに改めて取材する際の足掛かりにもなる、という主張も耳にする。しかし、犠牲者の個人情報は報道機関内のデータベースで管理しておけば十分事足りるのであって、公開の記事にして広く世間にまで知らしめる必要はない。警察による誤認逮捕のチェックや、警察の暴走を防ぐことにしても、警察が報道陣に犯人や犠牲者の実名を明らかにしている限り、不可能ではない。

 実名報道がどうしても必要というなら、警察発表の後、公表に反対している20人の遺族すべてを一人ずつ丁寧に説得し、承諾を得てから報道する――という報道機関が1社くらいあってもよさそうなものだが、残念なことに1社もなかった。報道機関が事件報道を語る際、事件の被害者や遺族と「信頼関係を築く」ことの大切さを強調する記事をよく見かけるが、今回の実名報道のようなやり方では、信頼関係など築けるものではない。

 実名の公表に反対していた遺族が20組もいるのであれば、今後、そのなかから裁判での決着を望む遺族が現れる可能性もある。犠牲者の実名を報じることでは、間違ったプロフィールがネット上で流れたり、亡くなった方の名誉が著しく傷つけられたりすることを防ぐことはできない。ネットユーザーのなかには、実名をもとにネット検索をかけ、無関係の別人を「犠牲者」だと誤認したり、間違った情報を拡散したりする人が少なからず存在するからだ。

 犠牲者を実名で報じることを頑なに「原則」とするのではなく、事件報道において犠牲者を報じる際の原則を「匿名報道」に改め、例外的に実名を報じる場合は報道機関自身が責任を負える範囲で行なうことにしたほうが、今の時代に即しているのではないか。警察の公表と同時に各社が横並びで一斉に実名報道する姿は、もはや時代錯誤の風習のように見えて、滑稽でさえある。焦らず地道に遺族との信頼関係を構築してから報じる報道機関の登場が切に待たれている。

(文=明石昇二郎/ルポライター)

京アニ、マスコミの犠牲者実名報道で遺族に甚大な被害も…遺族の反対を無視の暴挙のページです。ビジネスジャーナルは、社会、, の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!