介護心中、続出で社会問題化…老人ホーム不足や高額料金で入所困難、「家族介護」幻想の罠
こうした現状を目の当たりにすると、家族が介護で疲れきっていても、施設に入れるのをためらうのは当然かもしれない。しかも、入所者を殺害する事件も相次いで起きている。殺害までいかなくても、入所者の現金を盗んだとか、入所者に対して暴言を吐いたり暴力を振るったりしたとかいう事件がしばしば報じられている。
このような事件が報じられるたびに、介護施設への不信感が増すはずだ。背景には、圧倒的に人手不足で、離職率も高い介護業界の現状がある。その原因は、賃金の低さ、業務の過酷さ、シフト制の厳しさ、さらには社会的評価の低さなのだが、なかなか改善しない。当然、介護施設への不信感も払拭されないままである。
「家族介護」幻想の怖さ
そのうえ、やはり家族が介護すべきという「家族介護」幻想にとらわれている人が多いのも、深刻な問題だ。この「家族介護」幻想にとらわれているのが介護者自身のこともあれば、周囲の家族や親戚のこともある。「家族介護」幻想にとらわれた介護者自身が「育ててもらったんだから恩返しをしなければ」「やはり介護は嫁の仕事だ」などと考えて、介護を引き受ける場合は、まだ救いがある。しかし、そうではなく、「家族介護」幻想を振りかざす周囲から介護を押しつけられ、嫌々引き受けざるを得ない場合が実際には少なくない。
フランスの家族人類学者、エマニュエル・トッドは、「家族の過剰な重視が、家族を殺す」と述べており、「『家族』というものをやたらと称揚し、すべてを家族に負担させようとする」ことの危険性を指摘している。
「老人介護も同様です。すべてを家族に負担させようとしても、『家族』イデオロギーによって過去の伝統や文化を守ろうとしても、うまく機能しないのです。家族の負担だけでなく、公的扶助が必要です。『家族』を救うためにも、家族の負担を軽減する必要があります」というトッドの言葉に耳を傾けるべきである。
(文=片田珠美/精神科医)
【参考文献】
片田珠美『拡大自殺―大量殺人・自爆テロ・無理心中』角川選書 2017年
エマニュエル・トッド『問題は英国ではない、EUなのだ―21世紀の新・国家論』堀茂樹訳、文春新書、2016年