恋をするのは、いつだって王子様とお姫様――。おとぎ話におけるそんな“常識”を覆すような絵本が、SNSで話題だ。2019年8月に発売された2冊の絵本――『王子と騎士』『村娘と王女』(ともにオークラ出版)で恋に落ちるのは、前者は男性同士、後者は女性同士。そう、どちらも同性愛のカップルを描いているのだ。
これまでフェミニズムが指摘してきた通り、「王子様がお姫様を命がけで救い、恋に落ちた2人は結婚して幸せに暮らす」といったストーリーは、多くのおとぎ話に見て取れる典型的なパターンだ。呪いで眠ってしまったお姫様を王子様がキスで目覚めさせる『眠れる森の美女』しかり、王子様のおかげで一命をとりとめる『白雪姫』しかり。貧しい娘が舞踏会で王子様に見初められる『シンデレラ』のような身分違いの物語も、よくある例だろう。
こうした物語の存在が、男性は“選ぶ側”で女性は“選ばれる側”、男性の魅力は「腕力」で女性の魅力は「美しさ」といったジェンダー規範を幼少時から子どもたちに植え付けてきた――とは、フェミニズムにおいてしばしば指摘されてきたことであり、その分析に一定の説得力はあるだろう。
『王子と騎士』『村娘と王女』は、物語構造自体はこうした典型的パターンの範疇のなかにある。ただし、冒頭で指摘した通り、恋に落ちるのが同性同士である、ということをのぞいては。
原作は、アメリカで出版された『Prince & Knight』(ダニエル・ハーク/2018年)と『Maiden & Princess』(ダニエル・ハーク、イザベル・ギャルーポ/2019年)。前者の『Prince & Knight』は2019年初め、主に英語圏のTwitterで大きな話題に。同年2月には、2019年全米図書館協会の「レインボー・ブック・リスト」のトップ10にも選出されている。そしてその後、その女性版のような『Maiden & Princess』も発売された。
LGBTが自然なものとして描かれている絵本
「愛のための戦いで、ドラゴンよりも恐ろしい敵を目の前にしている人々に捧げます」
この一文は、『王子と騎士』の冒頭に付された原作者ハークの言葉だ。ハークは、子ども向けメディアのLGBT表現の欠如を課題と考え、この作品を執筆したという。
『王子と騎士』は、王子と騎士の恋の物語。王位継承のため、両親とともに花嫁探しの旅に出た王子は、魅力的な女性たちと会いはするものの、気が進まない様子。そこに、留守中の王国が火を吐く1匹のドラゴンに荒らされているという知らせが舞い込む。
ドラゴン討伐のため、たったひとりでドラゴンのいる山へ馬を走らせる王子。そこにひとりの騎士が現れ、2人は息を合わせてドラゴンを捕獲。その瞬間、崖から落ちた王子を騎士が受け止め、2人は恋に落ちるのだ。
一方、『王子と騎士』のヒットを受けて制作されたもう一方の絵本――『村娘と王女』で描かれるのは、2人の女性の身分違いの恋。
王子の花嫁を探すための舞踏会に、村中の娘たちが招待される。かつて王子の名パートナーとして戦ったひとりの村娘に周囲は期待を寄せるが、当の本人は複雑な表情を浮かべる。
ドレスに着替え、舞踏会に足を運んだ村娘。彼女は王子を目の前にするが、逃げるようにバルコニーへ向かう。そこで出会ったのが、この国の王女だ。打ち解け合い、恋に落ちた2人はフロアに戻ってダンスを踊り、キスを交わす――。
どちらの物語も、最終的に彼ら、彼女ら2人の恋は周囲から祝福される。我が子の幸福に、『王子と騎士』の王子の両親は「やっとわたしたちは息子にぴったりの相手に出会うことができた」と、そして『村娘と王女』の王女の両親は「ふたりは完ぺきなカップルね」と微笑み合うのだ。
ドラゴン討伐、命を救った相手との恋、花嫁探しの舞踏会、身分違いの恋、バルコニーでの出会い――。舞台設定自体はよくあるおとぎ話をベースにしながらも、両作ではLGBTがきわめて自然なものとして描かれているのである。