「Happy Ever After」の“お決まりパターン”
実はLGBTをテーマとした翻訳絵本は、日本でも少しずつ広まりつつある。積極的に翻訳を手がけてきたのは、『タンタンタンゴはパパふたり』(アメリカ/2008年)、『くまのトーマスはおんなのこ』(オーストラリア/2016年)、『ランスとロットのさがしもの』(オランダ/2019年)などを出版するポット出版だ。
近年は、児童書の老舗である岩崎書店が『にじいろのしあわせ~マーロン・ブンドのあるいちにち~』(アメリカ/2018年)、『マチルダとふたりのパパ』(イギリス/2019年)などを、また多様性にまつわる書籍を翻訳出版しているサウザンブックス社が『ふたりママの家で』(アメリカ/2018年)を出版するなど、こうしたジャンルの絵本の市場は活性化の兆しを見せ始めている。
とはいえ、市場全体からいえば、まだまだマイナーなジャンルであることもまた事実。では、『王子と騎士』『村娘と王女』の出版元であるオークラ出版は、なぜこの2作の翻訳出版に取り組んだのか。この2冊の担当編集者である飯塚千夏子さんは、たまたま目にしたツイートがきっかけだったと話す。
「今年の1月、原作がTwitterでバズっているのをたまたま見かけて。興味を持って原書にあたったり、米Amazonのレビューページを見たりして、いい本だから出版したいな、と思ったんです。さっそく翌日には、日本国内の出版エージェントに連絡し、翻訳に関する権利について確認しました」
その後、営業担当者や社長に企画をプレゼンし、無事、翻訳権の交渉を進めることに。営業担当者をはじめ、社内にはきっかけとなったツイートを目にしていたスタッフも多く、企画は好意的に受け止められたという。
「弊社はボーイズラブのコミックや小説も多く手がけているので、そもそも恋愛は男女だけがするものという価値観がないからでしょう」(飯塚さん)
「同性愛の絵本なんて!」という反対もなければ、逆に「意欲的でいいね!」といった反応もなかったというわけだ。
飯塚さん自身、「『LGBT問題を考えるための絵本を世に問いたい!』といったような特別な理由があって翻訳しようと思ったわけではない」のだという。普段は、ハーレクインに代表される海外の恋愛小説「ロマンス小説」などの翻訳、国内のボーイズラブ小説を手がけているという飯塚さんだけあって、『王子と騎士』の原作を読んだ際も、「海外ものによくある“Happy Ever After”なんだな」という感想を抱いたのみだった。
「Happy Ever After」(あるいは「Happily Ever After」)とは、「いつまでも幸せに暮らしましたとさ」「めでたしめでたし」で終わる物語のこと。冒頭で指摘したように、おとぎ話から脈々と受け継がれてきた恋愛物語における“お決まりパターン”を指し、一部のフェミニストによって批判的に論じられてきたものでもある。
この「Happy Ever After」の物語は何も過去のものではなく、現在のロマンス小説においてもしばしば見いだされる。一方でおもしろいのは、こうしたパターンにのっとりつつも、『王子と騎士』『村娘と王女』のように同性愛を描いた作品もまた、アメリカのロマンス小説では出版されているということ。それらのほとんどは、日本では翻訳出版されていないのだが。