10月半ばの六代目山口組・髙山清司若頭出所後、同組織内では、まず信賞必罰ともいえる組織改革が断行され、それから間髪入れず、神戸山口組幹部への襲撃事件が相次いだ。その騒動がまだ冷めやまぬ中で、12月3日には、神戸山口組の中核団体、五代目山健組・中田浩司組長のまさかの逮捕があり、大波乱ともいえる幕開けとなった令和最初の師走。今度は、六代目山口組が年末恒例の公式行事を例年より早めて開催させたのである。
まずは12月8日、山口組の親分衆や三代目弘道会組員による餅つきがはやばやと執り行われた。
例年、餅つき大会は、年の瀬も押し迫った12月28日に神戸市灘区にある六代目山口組総本部で行われきたのだが、同総本部の使用制限などを受けて、通常よりも20日も早いこの日に、名古屋市内の関連事務所で開催されたと見られている。さらに11日には、同事務所にて、これも通常より2日早く、一年を締めくくる行事である納会が開催されたのだ。ちなみに、総本部使用制限後、会合などが開かれてきた同市内の施設とは別の場所で行われている。
これまでは、12月13日に事始め式(盃事や新年を祝う儀式が行われる)、もしくは納会が行われ、その際には、新年度の山口組住所録や山口組カレンダーが配られてきた。だが、今回の納会では、帰途につく親分衆の手に黒い箱が抱えられていたという。
「関係筋によれば、黒い箱の中には、荒巻シャケがまるまる一匹入っていたようだ。相当、豪華なものだったらしい。納会に出席した親分衆らは白ネクタイに礼服を着用していたことを見ても、一年間を終えられたことへのお祝いの意味合いが込められた会合ということではないか」(捜査筋)
また、この日に発表された六代目山口組令和2年の組指針は、4年連続となる「和親合一」であった。これは山口組綱領にも書かれている、組織の団結を訴えた重要な言葉だ。分裂騒動勃発後、組織の結団という点を最も大事にしていることが見て取れるだろう。
しかし、なぜ六代目山口組は公式行事を例年より早く執り行ったのか。それはいよいよ、警察当局により本格化し始めた「特定抗争指定暴力団」指定に向けた動きへの対応策ではないかと、法律に詳しい専門家は見ている。
「現在のところ、六代目山口組と神戸山口組を特定抗争指定暴力団に指定するための意見聴取が、12月20日あたりから始まるのではないかと見られており、来年1月9日にも官報に公示されるのではないかといわれています。そうなれば、事実上、公式的な行事を執り行うどころか、組員が集まることもできない。その時期が早まる可能性も想定して、六代目山口組では例年よりも先に公式行事を終えたのではないでしょうか」
六代目山口組と神戸山口組が「特定抗争指定暴力団」の対象になるのではないかと囁かれ始めた際、すでに六代目山口組首脳陣らでは、その対処法が練られているのではないかといわれたことがあった。より厳しくなる規制の中でも活動するための方策も考えられているだろうが、以前も当コラムで触れている通り、「抗争状態を終わらせる」ことこそ、指定解除のための特効薬となる【参考記事「山口組に狙われ続けた神戸山口組幹部」】。
果たして、「特定抗争指定暴力団」指定が、現在も続いている山口組分裂の大きな節目となっていくのだろうか。ただ言えることは、これまで続いてきたヤクザの在り方が、大きな変貌期を迎えようとしているということではないだろうか。
(文=沖田臥竜/作家)