ギャンブル業界にとって「あってはならない事件」が起こった。
1月8日、モーターボート競走法違反の疑いで名古屋地検特捜部に逮捕された元競艇選手の西川昌希容疑者は、自分が出走するレースでわざと着順を落として高配当舟券を“裏演出”、しかも舟券の購入を親戚に頼んでいたとされる。“ギャンブルの駒”が意図的に順位を下げて、私腹を肥やしていたわけだ。
前代未聞の八百長レースの真相
某スポーツ紙の競艇担当記者が憤慨しながら語る。
「“超”がつくほどご法度の行為です。なぜなら、業界の信用がなくなり舟券の売り上げが落ちるからです。これは噂の域を出ませんが、西川は本業のボートで稼いだ賞金を1日で使い切るほどのギャンブル狂だったそうです。借金が増えた結果、自分でレースを操作して高配当舟券を演出することを思いついたのかもしれません。
競艇に限らず、競馬でも競輪でも、出走する選手は事前に外部との通信機器を預けなければなりませんが、西川は主催者に預けたスマホとは別に連絡専用のスマホを持ち込み、前日に枠順が決まった直後、親戚に連絡して“絵図”を描いていました」
西川容疑者の八百長疑惑レースは「YouTube」の動画で確認することができる。
2019年7月2日の琵琶湖ボート7レース。2号艇の西川容疑者は1マークで大きく外に膨れ、舟券の圏内(3着以内)に入らないようにしたが、この時点で3番手。「次のターンで順位を落とせばいい」と思っただろうが、誤算が起きていた。4号艇の転覆である。
競艇では、転覆事故があると「人命優先」の観点から、転覆した艇の外をゆっくり回らなければならず、各選手の競走は事実上「いったん中止」となる。
「映像には映っていないのですが、転覆の4号艇にぶつからぬよう3番手を進んだ西川は2マークで超減速をしました。ここで順位は決まるはずですが、次のターンでなぜか4番手に落ちたのです。通常なら1→5→2で決まるはずが、いつしか1→5→3となっていました。どう見てもあり得ない順位変動です。1→5→2の舟券を持っていた私は唖然としました。転覆事故後に順位が変わるなど、目にしたことがありません」(前出のスポーツ紙記者)
オッズにも不可解な点、事実上の強制引退か
競艇は最内(ほとんど1号艇)が有利な競技である。一番のライバルとなる隣の2号艇が「レースをしない」のなら、インの1号艇が勝つ確率は非常に高まる。加えて、2号艇への投票が紙くずとなるため配当も高まる。
「このレースは6号艇に実力差があり、西川がレースをしないなら、舟券は1を頭とした3・4・5ボックス=6点で十分でした。それを知る西川は前夜の宿舎で親戚に連絡を入れ、6点の舟券を頼んだのでしょう」(同)
6点の最終オッズは以下の通り。
1→3→4 14.3倍
1→3→5 28.4倍
1→4→3 12.1倍
1→4→5 22.3倍
1→5→3 50.1倍(的中)
1→5→4 55.6倍
どう買っても、十分に利益の出る配当である。
ちなみに、2号艇の西川容疑者がらみの舟券は1→2→3 6.3倍、1→2→4 6.0倍と売れていた。3連単の売り上げのうち4分の1ほどが、この2点だったわけだ。西川容疑者は舟券を頼んだ親戚から300万円を受け取ったと報道されている。ということは、1→5→3の的中舟券に相当な金額を入れていたことがわかる。
オッズにも不自然な点がある。51.6倍の1→5→2は、50.1倍の1→5→3(的中券)よりも人気がないのだ。
「どちらの的中率が高いかといえば、間違いなく2号艇が3着となる1→5→2です。自分が消えることを前提とした西川は、1→5→3に相当突っ込ませたのでしょう」(同)
自分が出走するレースで自分が消えるなら、的中させるのは容易だろう。しかし、4号艇の転覆後、3号艇を先に行かせるという不自然な動きを見たファンが騒いだことで、西川容疑者の思惑は崩れ去った。
西川容疑者はこの3カ月後、「体調不良」を理由に引退しているが、実際は事態を重く見た主催者が強制引退させたのだろう。
「09年デビューで11年目を迎えた西川が、これまで稼いだ賞金は1億7500万円です。14年には一般戦で5回の優勝を果たし、通算優勝回数は12回を数えます。1500万円近い年収があったというのに、たかが300万円のために八百長をするとは、いったいどうしたのでしょう」(同)
西川容疑者から舟券を頼まれていた親戚も、一度に大量購入せず分散買いをしていたという。大量購入で怪しまれることを防ぐためで、用意周到さがうかがえる。
いずれにせよ、業界の信用を損ね、ファンの期待を裏切った代償はとてつもなく大きなものとなりそうだ。
(文=井山良介/経済ライター)