「米国にはアフガニスタンに対する根本的な理解が欠け、何をすべきかわかっていなかった」。息子ブッシュとオバマ両政権でアフガン政策を統括する大統領特別補佐官を務めたダグラス・ルート退役陸軍中将は、米政府の監察官による2015年の聞き取り調査に答え、こう認めた。
米紙ワシントン・ポストは昨年12月9日、アフガンでの米軍の軍事作戦に関し、米軍幹部や米政府高官らが作戦は失敗していることを認識していながら、成果を上げているかのように装う隠蔽工作を長年にわたり展開していたと報じた。同紙が入手した米政府の内部文書で明らかになったものだ。
文書の内容は、政府や軍の高官、外交官ら600人以上から聞き取りした調査をまとめたもの。冒頭のルート退役中将をはじめ、アフガン作戦にかかわった高官らが驚くほどあけすけに本音を語り、これまで米国民と世界を欺いていた事実を白日のもとにさらす内容だ。対テロ作戦の元軍事顧問は「あらゆるデータが可能な限り(作戦が)成功しているように修正された」と説明したという。
今回の文書は「アフガン・ペーパーズ」と呼ばれるが、これは1971年に新聞紙上で暴露されたベトナム戦争の泥沼化を記した機密報告書「ペンタゴン・ペーパーズ(文書)」にちなんだものだ。ペンタゴン・ペーパーズ執筆者の一人で、同文書を暴露したダニエル・エルズバーグ氏は当時、ベトナム戦争を推し進めたジョンソン政権について「国民に対してのみならず、議会に対しても計画的に嘘をついていた」と述べた。半世紀近くたった今も、政府の隠蔽体質は変わっていないようだ。
米国は、2001年9月11日の同時多発テロ事件から約1カ月後の10月7日に軍隊をアフガニスタンに派遣。この戦争は今日まで18年間続いている。朝鮮戦争(約3年)、ベトナム戦争(約14年)と比べても異常に長期にわたる戦争だ。この間、戦死者は2300人にのぼり、投じられた費用はゆうに1兆ドル(約109兆円)を超える。
ワシントン・ポストは今回の内部文書を情報公開法に基づき入手したが、当初は政府から開示を拒否され、3年以上にわたる2件の訴訟を経て、ようやく開示を勝ち取ったという。世界一の富豪であるアマゾン創業者ジェフ・ベゾス氏が個人所有する同紙でなければ、費用と時間の面で入手は難しかったかもしれない。
ワシントン・ポストは日頃、米政府の海外軍事介入を後押しするネオコン(新保守主義派)的な論調で知られるが、今回のアフガン・ペーパーズは、かつてのペンタゴン・ペーパーズに匹敵する特報として素直な評価に値する。
これまでも一部のジャーナリストや議員はアフガン戦争に関する米政府の公式説明に疑義を唱えていたが、おおむね陰謀論者として嘲笑されるか黙殺されるかだった。その意味でも、有力紙の一角であるワシントン・ポストが政府の嘘を暴いた意義は大きい。
トランプ米大統領はブッシュ、オバマ両政権のアフガン政策を批判、米軍撤収を繰り返し主張してきた。今回の暴露をきっかけにアフガン戦争への批判が高まり、米国史上最長の戦争に終止符が打たれれば、テロをなくすどころか逆に世界で反米感情を巻き起こしてきた対テロ戦争が転機を迎え、世界は平和に向けた大きな一歩を踏み出せる。
アフガン戦争、真相究明の機運が盛り上がらず
しかし、前途には早くも暗雲が立ち込める。それはアフガン文書報道後の米議会やメディアの動きから明らかだ。米下院本会議は12月18日、ウクライナ疑惑をめぐる権力の乱用と議会への妨害でトランプ大統領を弾劾訴追した。ウクライナ疑惑とは、トランプ大統領がウクライナのゼレンスキー大統領に対し、約430億円の軍事援助の凍結解除と引き換えにオバマ政権時のバイデン前副大統領の息子の不正調査を迫ったとされる問題だ。
訴追状案は野党民主党の賛成多数で可決した。審議では、民主党のペロシ下院議長が「トランプ大統領は憲法に違反した。米国の安全保障にとって、今も脅威であることは紛れもない事実だ」と述べ、トランプ大統領を罷免すべきだと訴えた。ウクライナ疑惑が米国にとってなぜ脅威かさっぱりわからないが、かりにそうだとしても、米国民を欺き、現在進行形で米兵士やアフガン市民の生命を危機にさらすアフガン戦争のほうが、どう考えてもはるかに大きく差し迫った脅威だろう。
それにもかかわらず、一部の議員を除き、米議会ではアフガン戦争の真相を究明しようとの機運が盛り上がらない。ブッシュ、オバマ元大統領やその元部下たちを議会に引っ張り出し、国民の見る前で証言させよという声が高まらない。
その理由はいたってわかりやすい。民主党が共和党のトランプ大統領を一方的に攻撃できるウクライナ疑惑と違い、アフガン戦争の責任は共和・民主両党にあるからだ。ブッシュ政権は共和党であり、オバマ政権は民主党だった。どちらの政権も米国民に嘘をつき、多くの生命を犠牲にし、血税を無駄にしてきたのだ。
アフガン文書が報道されて数日後、米議会は7380億ドル(約80兆円)にのぼる2020年度の国防予算を賛成多数で可決した。リベラル路線で民主党シンパの多い米大手メディアは、ワシントン・ポストの第一報を紹介はしたものの、その後は相変わらずウクライナ疑惑に血道を上げている。しばらく前、ロシア疑惑で大騒ぎし、結局何の証拠も出てこなかったのに、まったく懲りていない。アフガン文書が提起した問題を事実上、黙殺しているに等しい。
日本政府、米国によるアフガン攻撃を一貫して支持
日本のメディアはいつものように、米メディアに右にならえだ。アフガン文書についてはワシントン・ポストの報道を転電しただけで、それ以上に突っ込んだ論評は見られない。アフガン戦争はもちろん、日本と無縁の話ではない。政府は米軍がアフガンへの攻撃を始めて以来、支持を表明してきた。
12月4日、アフガニスタンで長年、農業用水路の建設など復興に携わってきた医師の中村哲さんが東部ナンガルハル州を車で移動中に銃撃され、死亡した。一部の大手紙は中村さんの死を受けた社説で、トランプ米政権による駐留米軍の削減方針に触れ、「拙速な撤収は情勢のさらなる悪化につながりかねない」(読売新聞)と異を唱えた。対テロ戦争を支持する米大手メディアと同じ論調だ。18年間も続いた戦争をやめるのに「拙速」はないだろう。
中村さんは生前、新テロ対策特措法改正をめぐる国会の参考人招致で、日本政府のアフガンへの自衛隊派遣の検討を批判。「治安が悪化する」「軍事活動では何も解決しない」などと武力によらない平和を訴えた。後に残された私たちは、アフガン・ペーパーズの黙殺と忘却を許さず、対テロ戦争そのものの終結につなげる努力が必要だろう。
年明けの2020年1月3日には米軍がイラクの首都バグダッドの国際空港で、イランのソレイマニ司令官をテロリストと呼び、空爆で殺害。イランが米軍のイラク駐留基地をミサイルで報復攻撃する事態に発展した。終わりの見えない対テロ戦争は、国際情勢にさらなる緊張をもたらしかねない。
(文=木村貴/経済ジャーナリスト)