来年1月から実施される大学入学共通テストで導入予定だった英語民間試験に続き、国語と数学の記述式問題も導入見送りが昨年末に決まった。1月18、19日に実施された最後の大学入試センター試験では、来年から始まる共通テストを不安視して、受験生らの「今回で合格を決めたい」とする姿勢が目立った。他方、共通テストの2つの「目玉」がなくなった結果、あるべき共通テストの新しい仕組みと共に各大学の入試改革像が、検討課題として改めてクローズアップされてきた。
政府の教育再生実行会議の提言を受け、中央教育審議会(文部科学省の諮問機関)が現行の大学入試センター試験に代わる新テストの導入を提言したのが2014年12月。その際、グローバル化経済に英語力を生かせる英語民間検定試験の活用と、自分で考え判断し、表現する力を評価する国語・数学の記述式問題の採用が盛り込まれた。これを受け、文科省は17年7月、新テスト「大学入学共通テスト」の実施方針を発表する。
以後、英語民間試験会場の全国規模の確保や記述式問題の採点の公正性などに問題を抱え、決着しないまま政府主導で話が進む。状況を一転させたのは、萩生田光一文部科学大臣の「身の丈」発言だ。高校生の反対署名運動や学校関係者の批判、国会論議の高まりなどから昨年暮れ、一気に全面撤回に追い込まれた。共通テストの出題方式は、センター試験と変わらないマークシート方式に戻った。
この大混乱から明らかになったのは、教育現場の声を無視した試験方式の失敗だ。大学入学共通テストを高校生の基礎学力を測る第一次試験と位置付ければ、そもそも会場の確保もままならなかったり、採点がばらつくような試験方式は採用すべきでない。
何しろ、共通テストの受験生は50万人規模に上る。1月に行われた大学入試センター試験の志願者数は55万7000人超、試験場数は689、センター試験を利用する大学、短期大は国公私立計858校に上った。
このマンモス試験は全国一斉に行い、20日程度で採点し終えなければならない。基本設計のムリを知りながら、修正せずに走り出してしまったのだ。
正答は、日本私立中学高等学校連合会の吉田晋会長の発言にあるだろう。参院文教科学委員会で、吉田氏はこう明快に述べた。「共通テストとしてやる必要はない。各大学がそれぞれの方針で民間試験を利用すればよい」。
入学者選抜試験の主体は、あくまでも大学である。個々の大学が自らの責任で行うのが本筋だ。共通テストの扱いを含め、どのように最適な試験方式とするか――。とりわけ、全大学の8割近くを占め独自の建学理念を持つ私立大学の取り組みが問われる。
私大で先を行く慶應の取り組み
慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)で1990年に始まったAO入試(アドミッション・オフィスによる自由応募入試)。以後、各大学のアドミッション・ポリシー(入学者選抜の設計図)は、AO入試を増やし、小論文、調査書、面接などによる多元的な評価法に舵を切り、進化していく。
ホームページで目を引く一例は同志社大学だ。そこには、まず学力のみを重視する選抜方法ではなく「自分の意思で出願できる公募制の自己推薦入試です」とある。そして、第1次審査で「提出書類をひとつひとつじっくり時間をかけて審査し、さらに(第2次審査で)直接会ったうえで、意欲・能力・適性・目的意識や将来性などを多面的・総合的に評価し、合格者を決定します」と呼びかける。
国立大学では異例のお茶の水女子大学の「新フンボルト入試」。近代大学の祖とされるベルリン大学の創設者、ヴィルヘルム・フンボルトの名前に由来するAO入試を、今後も拡充する考えだ。以前から、AO入試、公募推薦入試(学校推薦型選抜)、一般入試を並行して行ってきたが、来年度より理系学科の公募推薦入試の募集を停止し、AO入試に代える。同大学は新フンボルト入試を「知的好奇心を持ち、自分の頭で考える力を持っている人に挑戦してもらいたい」とし、本入試に準備は必要ない、とまで言う。
私立大で先を行くのが慶應大だ。慶應では、各学部がそれぞれのアドミッション・ポリシーに基づいて多様な入学者選抜を行う。一般入試以外にもAO入試、推薦入試、帰国生入試、留学生入試などさまざまな入試を行い、一人ひとりの能力や適性を多面的に評価する。たとえば、経済学部にはPEARL(経済学を一貫して英語で学ぶプログラム)入試というのもあり、外国人も引き寄せる。国が重視する「思考力・判断力・表現力」についても、論文形式や記述式の出題により適切に評価しているという。
慶應は大学入学共通テストを導入する予定はない。センター入試は、かつて医学部や法学部など一部で利用したが、12年度以降は導入していない。国の教育政策とは一線を画し、福沢諭吉の「学の独立と自由」の理念が、今なお息づいているかに見える。
早稲田大学は一般入試で共通テストを使う一方、AO化を広げる。政治経済学部は「国際社会で活躍するグローバル・リーダーの輩出をより強く推進する」ことを目指し、活動記録報告書を含む書類審査・筆記試験・面接等を組み合わせた「グローバル入試」を行う。求める学生像は、理解力・思考力・表現力・行動力を身につけようとする積極性のある学生だ。
国立大学の一般選抜は、大学入学共通テストと大学独自の2次試験で合否が決まる。京都大学はAOと推薦を組み合わせた「特色入試」を打ち出す一方、東京大学は推薦入試は行うが、AO入試は行わない。
大学改革のゆくえは近い将来、「先進的な一部の私立大vs.大部分の保守的な国立大」という構図が、一層鮮明になろう。
(文=北沢栄/ジャーナリスト)