当局にとって“使い勝手がいい”課徴金制度
インサイダー取引など不公正な取引に関して、課徴金制度は2005年に導入された。インサイダーは、かつては刑事事件として立件できるほどの証拠が揃っていて、かつ悪質なケースを検察庁に告発するだけだったが、課徴金制度によってSESCが調査を行い違反があると判断した場合には金融庁長官に勧告し、同庁の中で審判を行うようになった。審判手続の場は、見た目は刑事裁判とよく似ていて、一方にSESCの指定職員、向かい側に被審人が代理人弁護士と共に座り、中央に3人の審判官がいる。証人を呼んで証言を求めることもある。ただ、SESCは金融庁に属する機関であり、審判官は金融庁長官が指定する。
実際に傍聴してみると、刑事裁判とはまったく違い、SESC指定職員と審判官の“近さ”を感じる。以前、ある事件で被審人が証人の証言に反応して一言つぶやいたところ、指定職員が立ち上がり被審人を指さして大声で「うるさい! だまれ!」などとわめき立て、それを審判官が何の注意もしないのに驚いたことがあった。刑事裁判の法廷で、こんなふうに被告人を恫喝する検察官は見たことがないし、もしそんな状況になれば裁判所が止めるだろう。
果たして、このような審判官がSESCの調査結果をしっかりチェックできているのか、との疑問も浮かんだ。ちなみに、SESCが認定した法違反の事実が審判で認められなかったのは、過去に2件のみだ。
課徴金制度は、取り締まる側からすると使い勝手がいいらしい。元福岡高等検察庁検事長でSESC委員長の佐渡賢一氏は、朝日新聞の村山治編集委員のインタビューでこう話している。
「課徴金は使えるね。特にインサイダー取引では効果を発揮した。課徴金で済ませる事件は、基本的に刑事罰ほど重厚な証拠収集をしなくても、ある程度事実が固まれば制裁できる」
確かに、市場の公正さを疑われる行為については、迅速に制裁を下すというメリットはある。その一方、証拠が希薄なまま“有罪”認定されてしまうこともある仕組みは、刑事事件以上に“冤罪”を生みやすい。
佐渡氏の発言に関連して山中弁護士は、「証拠が甘くても制裁できるというのは問題だ」と批判する。
「SESCの権限が強すぎる。しかも、多くの企業が金融庁の顔色を伺って、受け入れてしまう。従業員が争いたくても、企業が受け入れれば(審判)手続きは終わってしまう。今回のAさんの件も(審判結果に対して)裁判を起こし、莫大な費用と時間をかけて勝っても、その時にはいろんなものを失った後だ」(山中弁護士)
それでも最近、Bさんのほかにも、いくつかのケースで行政訴訟が起き始めている。
小松弁護士は、次のように言う。
「行政訴訟で課徴金納付命令が取り消されるようになれば、金融庁も泣き寝入りを期待するわけにはいかなくなり、もっときちんとした審判が行われるのではないか」
証券市場の公正性・透明性を確保し、投資家の信頼が得られる市場を確立するための課徴金制度だ。その仕組みの信頼性を高めるために、裁判所が果たすべき役割は大きい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)