国際紛争によって、またしても民間航空機が犠牲となった。2020年1月8日に発生したイラン革命防衛隊によるウクライナ航空機へのミサイル攻撃によって、176名全員が死亡した。
イラン政府と当局は当初、当該期はエンジントラブルで空港に引き返すところであったと嘘の説明を繰り返していたが、相次ぐ証拠によってこれ以上、国際社会を騙し続けるのは困難と判断し、事件から3日後になって軍の誤射によるものと認めた。しかしながら誤射の理由について、イラン統合参謀本部は「革命防衛隊の重要施設へ接近し、高度や形状から敵の攻撃に見えた」と、責任の一端を相手のせいにしている。
あまり知られていないが、実はウクライナ機が離陸したのはイランがイラクにあるアメリカの軍事施設をミサイル攻撃した約4時間後であるが、その間までに8機の民間機が離陸しており、当該機は9番目の出発機であった。つまり8機の先行機もホメイニ空港から西にある革命防衛隊のいくつかの重要施設の上空を飛行していたのであるから、ウクライナ航空機だけが敵に見えるはずはなく嘘の上塗りを重ねているといえよう。
国際社会はイラン側の説明を垂れ流す失態を演じた
現代のハイテク機は航空機から管制官へ通信衛星を介して詳しい情報をリアルタイムで発信している。これは2次レーダーのトランスポンダーで使われるADS-Bという電波によるものであるが、フライトレーダー24という民間サイトはそれを利用し、世界中誰でも見られるように記録を公開している。
したがって航空事故や事件の原因の究明に使われるブラックボックスが解析されなくても、一定の事実は事故や事件の直後にわかるようになってきている。そしてパイロットと管制官との間で無線でやり取りする管制記録も、当局がその気になればすぐに公表でき、これも真相を解くカギとなる。
では、被害に遭ったウクライナ機に関するこれらの記録はどうであったか。当該機は出発コースに従って真っすぐに、しかも全エンジンが正常な時と同じ上昇率で加速しながら機影が途絶えるまで順調に上昇していた。仮にイラン政府側が主張していたようにエンジントラブルが起きていれば、機は左右に振られたり速度が落ちるはずで、主張はこれらの科学的データと矛盾する。
そして離陸から約4分後にすべてのデータが突然消えたことは、パイロットが意図的にトランスポンダーのスイッチを切るか、すべての電源を消失させる不測の事態が発生したことを意味している。機材トラブルならパイロットは管制官に援助を求めるためにもトランスポンダーを切ることはあり得ないので、残るは爆発などが発生して瞬時に全電源消失につながったと考えるのが道理だ。
加えて、明るい光(ミサイル)が2度、機に向かって行って爆発する様子が同じ時刻に確認されていたと判明。原因はミサイルによるものと、ほぼ断定できる。イラン政府側がエンジントラブルによって空港に引き渡そうとしていたというなら、それを示す管制記録を率先して出すはずだが、それもない。これだけの事実がありながら、世界のメディアはイラン政府側の見解を垂れ流す結果となった。
世界中が大騒ぎになったのは、事件から約2日後の日本時間10日の午前4時ごろ、米国のトランプ大統領が「誰かが過ちを犯した」という趣旨の発言をしたことがきっかけになった。それまで米国のCBSなど一部のメディアを除き、イランによるミサイル攻撃の可能性を指摘できなかったのは、世界中のメディアの力量が大きく問われる結果となり、今後に課題を残すことになった。
相次ぐ民間航空機への誤爆
国際社会はおよそどこの国であっても、軍が当初発表する内容には疑問を持って対応しないと、さらなる紛争の拡大を招くことにもなりかねない。1988年にイラン・イラク戦争下でイラク側についていた米国のミサイル巡洋艦ビンセンスによるイラン機の誤爆も、忘れてはならない。
米国は当初、イラン航空のエアバスA-300へのミサイル攻撃について「340ノットで向かってくるので戦闘機と思ってミサイルを発射した」と発表し、正当化を図ろうとしたが、A-300は低空でのオペレーションや空力性能からみて340ノットという高速はあり得ないものであった。私は夜の情報番組にその旨を伝え、途中からコメントして紹介されたのを覚えている。結局、この事件では後日、米軍は全面的に非を認め補償を行った。
そして2014年7月にウクライナ上空でマレーシア航空機がロシア製ミサイルに攻撃された事件では、今もロシアとウクライナ双方が互いに相手側の犯行だとして争っている。
今回のイラン政府のウクライナ機撃墜後の一連の報道を見ていると、多くの証拠が示されてもなお嘘の会見を重ねるといった旧態依然の軍の姿を再認識することとなった。しかし、およそどこの国であれ軍というものはそのような存在であることを改めて知ることにもなったのではないか。我が国においても大本営発表が嘘を連発していたことを忘れてはならず、国民とメディアは自衛隊であっても軍事的行動に対しては厳しい目を向けておく必要があるだろう。
民間機の誤爆事件をなくすのは簡単
今回、イラン政府は米国による革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害への報復として、イラクにある米軍基地を攻撃しながらも民間航空機の運航を続けてきたことが明らかになった。武力を伴う紛争中にあるにもかかわらず、なぜ民間航空の運航を中止にしなかったのか、この点について現在国際社会は非難を行っているが、果たしてこれはイランだけのことだろうか。
先に述べた14年のウクライナ上空でのマレーシア機撃墜事件では、ウクライナ当局が高度1万メートル以上は安全であると世界の航空会社に通知して領空通過を認めていたのである。当時ウクライナ東部のドネツクではロシア側と交戦状態にあり、マレーシア機事件の2週間前にも輸送機が撃墜されるという事件も発生していた。高度1万メートル以上なら安全という根拠はミサイルが届かないからとしていたが、実際にマレーシア機撃墜に使われたブークと呼ばれるロシア製ミサイルは高度2万メートルまで届くもので、ウクライナも保有していたものである。
このように紛争当事国であっても民間航空機の運航を制限しないのが当たり前となっている。その理由は、民間空港での発着を中止させると着陸料が得られなくなったり、運賃収入や外貨の獲得も減少し、さらに領空通過を禁止すると航空会社から得られる領空通過料の徴収もできなくなり経済的損失が大きくなるからである。
そのため、これまで紛争当事国が自国の空港や領空が危ないと宣言したことは一度もないのである。つまり、利益第一で民間航空の安全など二の次なのだ。しかし、それを許している国際社会の責任も大きい。国連の航空に関する機関であるICAO(国際航空機関)は、紛争地域における民間航空機の運航について世界の行政当局や航空会社に危険情報を発表するものの、飛行禁止にまでは踏み込まないために運航の可否については各航空会社が独自の判断で行っているのが実情だ。
そのため、危険な運航をどうやって阻止できるかについて議論が必要である。国際社会の責任として、次に各国の軍用機と民間機とを間違わないように軍と民間行政当局との情報共有体制の構築、ならびに軍のレーダーにも民間機の便名をはじめとする情報が映るようなシステムの改良を行う必要もある。
今回、イラン軍が航空当局(管制官など)に事前に確認していれば、誤ってウクライナ機を撃墜するようなことには至らなかったはずである。14年3月にマレーシア370便がクアラルンプールから北京に向かっていたところ、反転してインド洋上空を飛行していまだに行方不明になっている事件がある。当時異変を感じた管制官がいち早く軍に連絡していれば、スクランブル等により370便を追尾できた可能性がある。
そして今日、民間のフライトレーダー24でも便名と飛行コース、高度、速度、それに上昇降下率といった情報が誰でも簡単に24時間手に入れることができる時代に、軍のレーダーではそれらを把握できないなどということはあってはならないことだろう。軍のレーダーの改良や、せめて民間当局が得ている情報のコピーでもいいから軍側が把握できるようにすることは物理的に難しくないはずだ。以上のことを実行するだけで、民間航空機への誤爆は十分に防げるだろう。
飛行安全財団のデータによると、1988年の米国によるイラン機撃墜以来、民間機への攻撃による死者数は750人を超えた。国際社会の責任と義務が大きく問われていると言っておきたい。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)