バイアグラを部下に買わせ、愛人の指南で合併を決める大手新聞社長の性癖
「パパ、お待ちどおさま」
香也子はバスローブをはだけてみせた。
「どう。これで満足?」
松野は香也子の両手を取り、引き寄せた。
●バイアグラを部下に買ってこさせる社長
松野が目を覚ましたのは午前6時前だった。一緒に寝ていたはずの香也子はいなかった。目をこすりながら、バスルーム側のベッドを見ると、香也子は純白のカバーのかかった毛布にくるまって熟睡していた。腕時計をスタンド台に戻すと、松野は立ち上がり、バスローブを羽織ると、バスルームに向かった。洗面台で歯を磨き、髭を剃るためだった。
「まだ1時間あるから、シャワーを浴びるか」
歯磨きを済ませた松野はリビングから替えの下着を取ってくると、昨晩香也子の使った痕跡がまだ残っているバスタブに入った。熱いシャワーをさっと浴びると、バスローブを引っ掛けてベッドルームに戻り、毛布にくるまっている香也子の唇にキスをした。
「パパ、もう起きたの?」
香也子は松野の顔を払いのけるようにして、ベッドの上で大きな伸びをしながら
「パパも“狆爺さん”みたいにバイアグラとか男宝を飲めばいいのよ」
と言って笑った。
烏山は社長就任前から中国・香港や韓国への出張が大好きだった。中国では精力剤の「男宝」、韓国では朝鮮人参を使った精力剤を買うためだった。欧米出張や欧米駐在の特派員が一時帰国するときは、バイアグラを土産として買って帰るように命じるのが常だった。大都社内で、この烏山の習慣を知らぬ者はなかった。
松野は香也子のベッドから離れ、自分の使ったベッドに座り
「香也ちゃん、あまりいじめないでよ。烏山みたいになれればいいけど、それもね……」
と困ったような調子で答えた。
松野も烏山も同じ穴の狢ではあるが、松野は烏山のようにあっけらかんと「男宝」を買い漁ったり、バイアグラを土産に要求したりできないのである。
「冗談よ。でも、昨日はドンペリなんか頼んで錫婚式のつもりだったの?」
烏山の価値の基準は値段だけで、特に会社の経費となればカネに糸目をつけることはなかった。しかし、松野には少しはTPOを考える常識があった。だから、香也子と一緒の時でも普段なら飲み物はミニバーを使う。でも、昨晩は特別のつもりで最高級のシャンパンを注文した。そうしたら、特別の思い出のまつわるドンペリが運ばれてきた。偶然ではあったが、そこまで香也子に話さなくてもいいと思っていた。
「錫婚式なんてつもりはなかったけど、10年目の特別な日と思って注文したんだ」
「ドンペリ、おいしかったわよ。パパに感謝している。でも、特別の日だ、と思っていたなら、一泊旅行とまで言わないけど、どこかの三ツ星のレストランとか料亭とか寿司屋とかでご馳走してほしかったわ」
「でもね。君だって知っているでしょ。僕が恐妻家だって。そんな人目に付くところに、2人だけで行くわけにいかないんだよ。そこのところはわかってよ」
松野は立ち上がり、隣のベッドの枕元に座り、香也子の髪を撫ぜながら、続けた。
「社長になってから、海外出張には半分くらい君を連れて行ったでしょ。最高級ホテルに泊まって、三ツ星レストランで食事をしたじゃないの?」
「でも、2人きりじゃないでしょ。現地の支局長やほかの同行者も一緒だったし、部屋で会ったことは一度もなかったわ」
「それは仕方ないでしょう。香也ちゃんとのこと、悟られるわけにいかないから。でも、君がいつでも好きなものを買えるように、クレジットカードだってつくったでしょう」
松野は10年前、香也子との関係が始まると、銀行に香也子名義の口座をつくり、クレジットカードを使えるようにしていたのだ。
「わかっているわよ。だから、これまでパパが会いたいと言えば、ここで会っているんでしょ。でも、私、もう45歳、いやまだ45歳、というべきかな。あと10年経ったら、パパは80歳、どうなっているかしら? 銀婚式あるかな?」
香也子は背を向けたまま、小声でささやいた。