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藤和彦「日本と世界の先を読む」

新型肺炎、原油価格暴落の兆候…無政府状態のイラクやイエメンで感染者か、最悪の事態も

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
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新型ウイルス肺炎が世界に拡大 各国で警戒(写真:ロイター/アフロ)

 中国で発生した新型コロナウイルスの悪影響が世界経済に広がりつつあるが、最も大きな影響が出ているのは原油市場である。米WTI原油先物価格は直近1カ月で10ドル下落し、1バレル=50ドル前後で推移している。原油市場に占める中国の存在感が他の市場に比べて格段に大きいからである。

 ブルームバーグは2月上旬、現地関係者の取材に基づき「中国の原油需要は日量約300万バレル減少した」と報じていたが、ゴールドマンサックスは16日、「中国の原油需要は日量400万バレル減少する」との見通しを示した。日量400万バレルという数字はリーマンショック後の需要減退(日量300万バレル)を上回る規模である。中国では過剰な原油在庫が積み上がっており、沿岸部では荷揚げできない原油タンカーが立ち往生しているといわれている。

 世界第1位の原油輸入国となった中国の昨年の原油輸入量は日量約1000万バレルに達したが、3月上旬に発表される1~2月の原油輸入量は大幅に減少するだろう。

 これに慌てたのがサウジアラビアをはじめとするOPEC加盟国である。OPEC加盟国とロシアなどの非OPEC産油国(OPECプラス)は、今年1月から昨年の減産分(日量120万バレル)に加え、日量50万バレルの追加減産を実施した。1月のOPECの原油生産量は前月比64万バレル減の日量2835万バレルとなり、11年ぶりの低水準となった。11年前といえば、リーマンショックによる需要減退に対処するため、OPECは過去最大規模の減産(日量410万バレル)を実施していた。

 追加減産がスタートした矢先のOPECプラスだったが、中国での新型コロナウイルス感染拡大を懸念し、「日量60万バレルをさらに追加で減産する」ことが議論されたが、これに「待った」をかけたのがロシアである。さらなる減産については、3月5~6日の閣僚会議で議論されるが、「サウジアラビアは減産に協力しないロシアとの原油生産に関する協定を破棄することを検討する」との憶測が浮上している(2月21日付ウォールストリートジャーナル)。

 サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)及びクウェートの3カ国が日量約30万バレルの追加減産を検討しているようだが、世界の原油価格を下支えしてきたOPECプラスの枠組みが崩壊すれば、米WTI原油先物価格は1バレル=40ドル台に下落するのではないだろうか。

 現在、中東地域ではイラクやレバノンなどで「第2のアラブの春」が起きつつあるが、原油価格の下落は、産油国の財政を逼迫させ、中東情勢の混迷をさらに深めることになる。

中東地域でも新型コロナウイルスが蔓延

 このような情勢下で、さらに追い打ちをかけるように、中東地域でも新型コロナウイルスが蔓延し始めている。中東地域で新型コロナウイルスの感染が最初に確認されたのはUAEである。UAEでは1月28日以降、18人の感染が確認されているが、死者は発生していない。

 だが中東地域でも、ついに死者が発生した。19日、イランの首都テヘラン南部にあるイスラム教シーア派の聖地コムで高齢者2人の死亡が発表された。イランでの死者数はその後24日までに12人に達し、感染が確認された件数は60件に上っている(2月25日付日本経済新聞)。イラン政府は感染が確認された地域での封じ込め対策を実施しているが、周辺国での感染も始まっている。クウェート、バーレーン、オマーン、イラクの4カ国で24日に新型コロナウイルスの感染が初めて確認された(2月25日付ロイター)。

 なかでも心配なのは、昨年10月から無政府状態が続いているイラクである。イラク中南部のナジャフで感染が確認されたイラン人学生は、イラク政府が自国民以外のイランからの入国を禁止する前にイラク入りしていた。イラクでは2月に入り新内閣が発足したが、反政府デモを実施している勢力はこれを承認しておらず、混乱が続いたままである。政府の対応能力が疑問視されており、新型コロナウイルスがイラク国内で蔓延するリスクが高いといわざるを得ない。

 22、23日、サウジアラビアの首都リヤドで20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が開催され、新型コロナウイルスへの対応が議論された。アラブ諸国で初めてG20の議長国となったサウジアラビアでは、これまでのところ新型コロナウイルスの感染は確認されていないが、インド外務省は23日、「サウジアラビアの病院で勤務しているインド人看護師が新型コロナウイルスに感染した」と発表した。

 サウジアラビアでは2012年6月、MERS(中東呼吸器症候群)コロナウイルスが発生している。ヒトコブラクダが宿していたコロナウイルスが人に感染したことがその要因とされているが、2017年7月までに2070件の感染が世界で確認され、712人が死亡した。なかでもMERSの発生国であるサウジアラビアでの発生例や死亡数が多かったが、サウジアラビアの公衆衛生レベルの低さが災いしているとされている。

 中東諸国での新型コロナウイルスの感染拡大にイラン人が関与しているとすれば、イランとの関係が深いイエメンでの感染も時間の問題である。長引く内戦によりイエメンでは世界最悪の人道危機が生じており、新型コロナウイルスの感染拡大という面では最悪の環境となっているかもしれない。

 イエメンで新型コロナウイルスの感染拡大が生じれば、サウジアラビアのなかでも特に近代化が遅れている南部地域が巻き添えになる可能性が高い。イエメン内戦に軍事介入したサウジアラビアにとっては「身から出た錆」かもしれないが、中東産油国全体に新型コロナウイルスが蔓延すれば、世界の原油供給にとって大きな試練になるのは間違いない。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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