字面だけ見ると、錯乱しているようにも見える。世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は16日、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)に関して、次のように強く呼びかけた。
「すべての国に訴えたい。検査、検査、検査だ。疑わしい例すべてに対してだ」
ロイター通信が16日に配信した記事『WHO事務局長、新型コロナで各国は「検査に次ぐ検査を」』では「事務局長は会見で『全ての国がとにかく検査に次ぐ検査を行うということに尽きる』とした上で『目隠しをしたまま(新型コロナと)闘うことはできない』し、検査をしなければ感染の連鎖は断ち切れないと語った」と報道した。そのうえでWHOは、感染者を特定し速やかに隔離することや、検査キットや防護具の不足を乗り切るため「発想の転換」の必要性を訴えたという。
テドロス局長の言動や指揮能力には賛否があるが、もはや尋常ではない事態であることは間違いないだろう。
検査を拡大するか否か、結論の出ない日本
新型コロナに関する検査を拡大するかどうかについて、日本国内では政府や有識者間で毎日、激論が交わされている。検査を積極的に行っているイタリア、韓国の事例に関しても賛否が分かれている。
イタリアでは急激な感染者の増加により、医療機関が機能不全に陥る例が出た。しかし、これは検査拡大の方針がすべての起因ではなく、前提として近年の緊縮財政によって医療機関の人員や病床数などのリソースが圧倒的に足りていない状況であったことが、国内外のメディアから指摘されている。
「国連がなんと言おうと、日本は日本でいいんだ」
厚生労働省の関係者は今回のテドロス事務局長の発言を踏まえ、次のように話す。
「連日のようにいろいろな有識者の方や日本医師会の関係者、さらには厚労省OBなどがさまざまなかたちで省内の担当者にコンタクトを取って自論を展開されています。この状況下でも『疑いのある人間を全部検査して隔離なんてできっこない。現場を崩壊させるつもりか』『風邪みたいなものだから、別に感染したか否かをはっきりさせなくても放っておけば収束する。国連に惑わされるな。日本は日本でいいんだ』とかご意見はさまざまです。同様に省内でも複数の意見があります。柔軟に対策を立案していきたいです」
一方で、別の厚労省医療系技官OBは語る。
「仮に検査体制拡大となった場合、各診療所が個別に対応するのは無理です。ただ、それは“通常時の診療体制を維持しようと考える限り”という注釈が付きます。厚労省は今も普段通りの認識で、厚労省と以前から関わりのある“身内”の研究機関や事業者に検査事業を任せ続けています。海外の事業者や研究機関もフル活用すべきなのですが、正常化バイアスが強すぎて、今は“非常時”であって“常時”ではないことを認識したくないのかもしれません。
検査や感染者の診療に関しては、医師会や大学病院や拠点病院などから、医師や医療スタッフなどの人員や防護具などの物資を集中させて対応する考えもあります。
東日本大震災時、個別の病院や診療所が機能不全に陥った際、全国の医師会や病院から派遣を受けて、避難所の救護所や拠点病院に戦力を集中させて難局を乗り切りました。実際に可能な手段としては、検査をした後は基本的に自宅療養で、悪化した場合のみ拠点病院に収容するという方式が一番現実的でしょうね。
すでに政府も実施しているとは思いますが、クラスターも絞られてきているので、全国の医療リソースの機動的な集中運用を行うべきではないでしょうか。当然、それにより個人医院などを閉めなければならない時には補償も必要になります。
最近の各種経済動向を見てもわかる通り、あいまいな状況のまま新型コロナウイルスの感染収束が1カ月遅れれば、その分、日本経済は深い傷を負います。日本の医療界の総力を挙げるべき時が来ていると思います」
「不安を煽るな。不安になるな。いつも通りでいろ」という個人の心持論では、世界的な趨勢を止めるのは難しい時期に差し掛かっている。
(文=編集部)