取り調べ可視化義務付け、通信傍受の対象拡大……【刑事訴訟法改正案可決】の意義と懸念
取り調べの全過程録音・録画(可視化)の義務づけのほか、日本型司法取引の導入、通信傍受の対象拡大などを盛り込んだ刑事訴訟法等の一部改正案が可決された。村木厚子・前厚生労働次官(事件当時は局長)が巻き込まれた冤罪事件が起き、可視化の必要性が広く認識されてから5年8カ月。ようやく可視化の義務づけが実現する。捜査のあり方や司法の文化を変えていく第一歩を記したともいえ、その意義は大きい。
新たな冤罪リスクも
とはいえ、それは大いに祝福されたとはいえない法案可決であった。参院法務委員会で与党を代表して賛成討論を行った三宅伸吾議員(自民党)も、さまざまな懸念を挙げて「(本法案によって)新たに設けられる制度を悪用して、新しいかたちの冤罪が生まれる可能性があるという指摘は、重く受け止めなければならない」と述べ、「捜査・訴追機関の関係者と刑事裁判官の真摯な運用」を求めた。
与党議員からも、こんな懸念を示される事態となったのは、法案策定に至るまでに警察が逮捕から起訴に至る全過程を録音・録画する可視化の義務化に激しく抵抗したからだ。そのため、可視化の対象事件を絞り込み、新しい捜査手法を組み入れるなど警察サイドの要望も盛り込まれた。その一方で、冤罪防止のための法改正によって捜査機関が「焼け太り」しないよう、証拠開示制度の拡充をするなど、弁護士会からの要求も取り入れられた。こうして、「犯人を逃したくない」捜査側と「冤罪を防ぎたい」弁護士側の双方の主張を微妙に組み合わせた法案になった。法務省幹部は法案づくりのプロセスを、「ガラス細工のように、細部にわたるまで神経を使って組み立てた。どのピースを動かしても崩れてしまう」と語っていた。
それでも、衆議院法務委員会では4回の参考人質疑と53時間15分の審議を経て、3年後の見直しを定める付則を加えるなどの修正を行った。さらに、捜査機関は参考人の事情聴取など、法的な義務づけがない場合も「できる限り(録音録画を)行うように努めること」とする附帯決議もつけた。
しかし、参議院では共産党が徹底抗戦したほか、冤罪被害者やその支援団体は、日本弁護士連合会(日弁連)の一部弁護士も「改正ではなく改悪だ」と叫んで廃案を求めた。
法案に批判的な意見のひとつは、可視化を義務づける事件が、裁判員裁判対象事件と検察官独自捜査事件に限られたことだ。その件数は、全事件の3%程度。ただ、裁判員裁判対象事件は、殺人、傷害致死、強盗致傷、強姦致死傷、危険運転致死罪など人の命にかかわる犯罪や現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪、覚せい剤密輸など、刑の重い重大犯罪が対象だ。加えて、特捜検察による独自捜査事件。こうした重大事件の捜査で可視化が義務づけられる効果は、決して小さいものではないはずだ。その重みは、決して「たかが3%」といえるほど軽いものではない。
それに、裁判員裁判において、捜査段階の供述の任意性や信用性が争われた時には、取り調べ時の映像という客観的な記録をチェックすることが当たり前になれば、裁判官たちのほかの事件における訴訟指揮や判断も少しずつ変わっていくことが期待される。そうなるには一定の時間が必要だろうが、可視化の実現は日本の司法文化そのものの変化を促す可能性を有しているといえる。
法相が“裏取引”は違法と明言
参院での審議の終盤には、栃木女児殺害事件のように、別件で起訴された後も勾留が続いた場合、その間の任意の取り調べに録音・録画義務が課されるかどうかが問題になった。この事件では、起訴後の勾留中の任意の取り調べで「自白」し、その後に行われた供述場面を録音・録画映像が有罪の決め手となった。
参考人質疑の際、日弁連司法調査室副室長の河津博史弁護士は「逮捕又は勾留されている罪名は問わず、例えば殺人事件の取り調べをする限りは録音・録画義務があると読むのが自然」と述べ、刑事訴訟法が専門の大澤裕東大教授も、それに同意した。
一方、法務省側は「これについては今回の取り調べの録音・録画義務が課される範囲には入りません」(林真琴刑事局長)と真逆の解釈を示した。