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藤和彦「日本と世界の先を読む」

10万円給付金の使い道、“頼母子講”が注目…ピンチをチャンスに変えるために使うべき

文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員
10万円給付金の使い道、頼母子講が注目…ピンチをチャンスに変えるために使うべきの画像1
狸小路商店街の公式サイトより

 2020年度補正予算が4月30日に成立し、新型コロナウイルスの緊急経済対策として、1人当たり一律10万円を支給する特別定額給付金の給付が決定した。特別定額給付金の対象は、外国人を含め4月27日時点で住民基本台帳に記載されているすべての人であり、所得制限はない(給付金は非課税扱い)。総務省は総額12兆8800億円に上る給付金の5月中の支給開始を目指しているが、一部の地方自治体では補正予算成立を待たずに前払いで支給を始めるという異例の動きが出ている。

 民間調査会社クロス・マーケティングが国内在住の20~69歳の男女2500人を対象にしたアンケート調査によれば、消費や支払いに回すと答えた人は71.6%であり、具体的な使い道としては食費が53%と最も多かったという。

 しかし、外出の自粛が続く状況下で先行きに不安を感じる人々は、消費より貯蓄に回す可能性が高く、景気対策としては有効ではないとの意見は根強い。むしろ「飲食店等の倒産防止にこの予算を使うべきである」との声も聞こえてくる。中国の「上に政策あれば下に対策あり」ではないが、新型コロナウイルスの危機は誰もが同じである。「困ったときはお互い様」という精神で、特別定額給付金の有効な活用法を考え出すことはできないだろうか。

商店街の活性化に活用

 「特別定額給付金を使って札幌のススキノに近い商店街を活性化したい」

 このような構想を練っているのは、「日本文化チャンネル桜」の水島総社長である。「日本人本来の『心』を取り戻すために」という思いから2004年にチャンネル桜を設立した水島氏は、2018年8月から北海道でも積極的に活動しており、新型コロナウイルスのせいで苦境に陥っているススキノに近い商店街(狸小路商店街)の振興策に知惠を絞ってきた。

 議論の末に浮上したのは、「商店街の関係者が頼母子(無尽)講をつくって資金を集め、デリバリーサービス企業を立ち上げる」という案である。ウーバーイーツのようなデリバリーサービス企業は、首都圏等では当たり前の存在になっているが、札幌市周辺ではデリバリーサービスは本格的に展開されていない。このことに水島氏は注目したのだが、そもそも「頼母子講」とはいかなるものだろうか。

 頼母子講とは「参加した全員がなけなしのお金を拠出して資金を一定期間積み立てておき、各会員は決められた条件に沿ってその期間のうち1回だけ必要なお金を受け取る」というものである。「出世払い」「事情による負債の免除」「成功者からの寄付充当」など各会員の事情を配慮した人情味溢れる「庶民の融通組織」だったという。

 現在、頼母子講はほとんど忘れられた存在になっているが、戦前は日本独自の家族的な助け合いシステムとして盛んに利用されており、特に1903年代の大恐慌の時代には、金融機関からの融資が受けられない庶民のためのセーフティーネットとして機能を発揮したといわれている。

 その起源は古く、鎌倉時代にまでさかのぼる。江戸時代に入ると身分や地域を問わず大衆的な金融手段として確立し、明治になると大規模で営業を目的とした無尽業者が現れたことから、1915年に無尽業法が制定された。戦後、多くの無尽企業は相互銀行に転換したなどから、頼母子講という言葉は公の場から消えてしまったが、21世紀に入っても、九州各地や沖縄県、山梨県などで頼母子講は行われている。毎月飲み会を主催したり、定期的な親睦旅行を行うなど金融以外の目的で行われているものも多い。このように頼母子講とは、日本人が古来から培ってきた生活の知恵なのである。

攻めの発想

 日本国憲法は、「困窮者救済の義務を最終的に国家が担う」と謳っているが、「隙間を埋めるための仕組み」が機能しなければ、困った人を救えないのは現在も変わりはない。核家族化が進み、近所づきあいも失せてしまった現在のほうが、戦前に比べ状況は深刻であるといえるかもしれない。

 ネット上で最近頼母子講的な動きが始まっている。なんらかの事情で資金を必要とする借り手と、サイト上に提示された理由や条件を見て「貸してもいい」という貸し手をインターネットでマッチングさせる「ソーシャルレンディング」である。ネット上で募った貸し手から匿名組合出資という形で資金を集め、それを貸し手が指定する借り手に貸し出すのが基本的な仕組みである。日本でも2010年頃から導入が始まっているが、ネット上で「赤の他人」同士をバーチャルにつなぐには限界がある。貸し倒れ抑止として大きな効果を有する「顔見知り」の関係がないからである。

 顔見知りという点で商店街ほど現実のつながりが強い組織は日本では少ない。水島氏は、数多くの頼母子講がかつて商店組合などで運用されていたことに着目して、商店街の各店舗やなじみ客などに支給される特別定額給付金を元手に頼母子講をつくり、商店街独自のデリバリーサービスを開始しようとしているのである。

 安倍首相は5月4日の記者会見で「コロナの時代の新たな日常を1日も早くつくり上げなければならない」と述べたが、新たな日常下でのビジネス成功のヒントは「接触なき接客に商機あり」である(5月5日付日本経済新聞)。特別定額給付金の目的を、「新型コロナウイルスの苦難を堪え忍ぶ」という消極的なものから、「『ポストコロナ』時代での有望なビジネスモデルを確立する」という攻めの発想に変えるべきではないだろうか。

 全国各地の商店街が「札幌に習え」を合い言葉に、特別定額給付金を元手にピンチをチャンスに変える取り組みが続々登場することを期待したい。

(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

藤和彦/経済産業研究所コンサルティングフェロー

1984年 通商産業省入省
1991年 ドイツ留学(JETRO研修生)
1996年 警察庁へ出向(岩手県警警務部長)
1998年 石油公団へ出向(備蓄計画課長、総務課長)
2003年 内閣官房へ出向(内閣情報調査室内閣参事官、内閣情報分析官)
2011年 公益財団法人世界平和研究所へ出向(主任研究員)
2016年 経済産業研究所上席研究員
2021年 現職
独立行政法人 経済産業研究所

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