・料理本 2620冊
・美容・健康 2146冊
・旅行 1218冊
・住まいと暮らし 1091冊
これは、ある図書館の蔵書購入(選書)リスト中の上位4分野を抜き出した数字である。料理本や健康本などの生活・実用書関連の書籍を、ひとつの図書館がこれほど大量に購入するのは、異例中の異例の出来事だ。
しかも、それらが“古本”だとしたら、あなたはどう思うだろうか。
6月4日付当サイト記事『ツタヤ図書館、古本を法外な高値で大量購入!市は適正価格確認せずCCCの言い値で購入』で紹介したように、宮城県・多賀城市立図書館が追加蔵書として大量の中古本を不当に高い価格で購入しようとしていたことが判明した。
同館は3月21日、レンタル大手TSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が運営を手掛ける、全国3番目の「ツタヤ図書館」として新装開館した。昨年夏、全国初のツタヤ図書館である佐賀県・武雄市図書館において、極端に市場価値が低い古本を大量に仕入れていたことが発覚して大騒ぎになったが、まったく同じ轍を踏んでいたのだ。
今回は、その続報をお届けする。
前回までの流れを簡単におさらいしておくと、多賀城市立図書館が駅前に建設された新しいビルに移転するにあたって、運営を担当するCCCから、多賀城市教育委員会に提出された追加蔵書購入にかかわる選書リストは、3万5000冊にも上った。
図書購入費を低く抑えるため、その選書リストのうち少なくとも1万3000冊は中古本だった。1万3000冊の内訳を紐解いてみると、市場価値の目安とされる「刊行から5年以内」の本は全体の6割強にすぎず、約4400冊は刊行から6年以上経過した、極端に市場価値の低い本だった事実が浮かび上がってきた。
さらに市教委は、それら中古本の流通価格・市場価値を確かめもせず、CCCが提示した価格=1冊1000円(装備費・送料別)という高値で購入していた。
古い実用書ばかり大量購入の謎
今回取り上げるのは、それらがどんなジャンルの本であったのかという事実だ。
冒頭で紹介した通り、CCCが選書した中古本の大半は、小説や評論、社会科学、児童書などではなく、料理や美容、健康といった生活・実用書に偏っていた。そこに、多賀城市立図書館の中古本大量購入の問題点が集約されている。
下のグラフをみてほしい。
最も多い「料理」は2620冊で、全体の20%を占めている。さらに、「美容・健康」の2146冊(16.5%)、「旅行」1218冊(9.4%)、「住まいと暮らし」1091冊(8.4%)という3分野を含めると、購入した中古図書全体の5割を超していることがわかる。
これに「人文」「スポーツ」「ビジネス」と続くが、いずれも600冊前後でそれぞれ全体の4.6%程度。一般的に図書館で人気が高い「文学・文芸書」は、わずか531冊で4.1%にすぎない。
極端に少ないのは「産業」「児童書」「法律」「教育」といった分野で、いずれも5~45冊しかリストアップされていない。もっとも、これとは別に新刊も大量に選書されているため、追加購入図書全体でみると印象は大きく変わるかもしれないが、中古リストに限って言えば、普通の図書館と比較して、かなり異様な選書となっている。
「東京の図書館をもっとよくする会」代表で、長年自治体直営の図書館館長として運営にかかわってきた大澤正雄氏は、この選書リストの傾向について次のように分析する。
「一般的に言って、図書館では生活・実用書をこれほど大量に買いません。なぜなら、こうした本は、ほかの分野の本に比べて数年たてば内容が古くなってしまう可能性が高く、一過性のニーズに応えるために揃えるものだからです」
食品にたとえていえば、鮮魚や青果のようなものだ。「鮮度が命」で、発売直後には注目を集めるが、ひとたび古くなり始めると途端に人気が落ちる運命にある「ナマモノ」である。
生活・実用書は、そのときどきに流行しているキーワードをうまく取り上げてタイムリーに出版した本が多い。刊行当初は読者のニーズが高く支持されやすい半面、時間が経過するにつれて市場価値が大きく減じてしまうのは、ある種の宿命である。
「料理なら、いろいろと使い回せるので古い本でも役に立つケースがあるでしょうが、美容・健康などは流行が変わるので、数年前に刊行された本は内容的にもすでに古くなっています。そういう古い本を図書館の蔵書として大量に購入するのは、いかがなものかと思います」(大澤氏)
確かに、たとえば5年以上前に話題となった健康法は、今の常識からみると大きく逸脱しているものもある。旅行本に至っては、ここ数年で格安航空会社(LCC)など国内外の交通事情は激変しており、古いデータやノウハウが使い物にならない可能性も少なくない。
料理本にしても、基本的な家庭料理は大きく変わらないが、はやりのテーマは日々大きく変わるため、何年も前に話題となった調味料や食材を使った料理をつくるために、古い本を借りようと思う人がどれほどいるのか疑問だ。
大澤氏は、さらに「スポーツ、アウトドア、ビジネスに関する本も多すぎます。これらも数年で内容が古くなりやすいので、普通の図書館ではここまで大量に買うことはありません」と指摘する。
廃棄直前の本を大量購入
また、「東京の図書館をもっとよくする会」の池沢昇氏は、「もうすぐ廃棄されそうか、あるいはすでに廃棄されていてもおかしくないようなものが目立ちます」と批判する。
一般的な図書館においては、生活・実用書は購入から5年以上たち「内容が古くなった」と判断されれば、除籍(廃棄処分)となるケースが急激に増えてくる。池沢氏は、大量に選書されている生活・実用分野の発行年代分布から、「すぐにでも廃棄していいような本が多い」と言う。
書架を常に新鮮に保つためには、次々と入ってくる新しい本と古い本を入れ替える新陳代謝が不可欠だ。多賀城市立図書館の場合、すぐに除籍するべき古い本をいきなり大量に抱えてしまったといえ、その判断には疑問が持たれる。
そこで問題になるのは、公金で調達された、これら「物品」の金銭的価値である。
試しに、多賀城市立図書館で選書された料理本のリストにある本の一部について、アマゾンに出品されている中古価格を調べてみた。
その結果、10年落ち以上の本の中古価格は、ほとんどが1円(送料別)であることが判明した。さらに、比較的新しい2013年刊行の本だけを調べてみても、半数近くが100円以内で、ときどき300~800円程度のものが見つかるにすぎない。
だが、CCCが市教委に出した中古本の本体見積額は1冊当たり1000円だ。つまり、多賀城市立図書館へ図書を納入した中古本業者は、市場価値1円のものを1000円で販売していると非難されても仕方ない。このような状況をつくりだしたCCCと、適正価格を調べもしない市教委のずさんな対応は、市民への裏切り行為にも等しい。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)