6月1日、島根県隠岐の島町に「竹島資料収集施設(久見竹島歴史館)」が完成した。韓国の鬱陵島に位置する独島(竹島)博物館に対抗する施設としてオープンしたのだが、残念ながら対抗どころから足元にも及ばない“シロモノ”になってしまったのだ。
「韓国が不法占拠している竹島を取り戻すために、日本の国民に竹島の存在価値を知ってもらおうと、鳴り物入りでスタートしました。しかし、ふたを開けてみれば、まるで民家のような建物。郵便局が併設されてあったり、展示スペースより広い研修室があったりと、竹島問題を警鐘する施設とはいいがたい建物になってしまいました」(隠岐の島町の住民)
こう、住民が嘆くのも致し方ない。なぜなら、この施設は国や県がまったく竹島奪還のために動かず、竹島を所管する隠岐の島“町”が自主的に動いた結果だ。町が主体となったため、十分といえる予算も組めず、施設建設のために確保された財源はたったの約4000万円。敷地面積もたったの約165平方メートルしかない。
一方、韓国の独島博物館はあのサムスンが約6億円をかけて建設し、鬱陵郡に寄贈。地下1階、地上2階建ての敷地面積8068平方メートル、延べ床面積1600平方メートルの立派な博物館となっている。
「竹島ではアシカ漁が広く行われていたことは知られていますが、今回、リン鉱石の採掘を行っていた貴重な資料も発見され、それを大々的に展示する予定でした。しかし、予算が組めず、展示スペースも縮小されてしまい、メインはサイドボードに資料を貼るだけのみすぼらしいものになってしまいました」(同)
一方、独島博物館には広大な敷地に独島が韓国領土であるとする証拠資料が所狭しと並び、映像室や独島展望ロビーも設置されているれっきとした博物館。訪問者数は年間約10万人以上にも上り、一大観光地としてその名を知らしめている。また、修学旅行先にも指定されており、子供たちの愛国心教育に一役買っている存在でもあるのだ。
「竹島を知る方々の高齢化も進み、このままでは風化してしまう。それを後世に残すための第一歩として、『竹島資料収集施設』の建設は大きな功績だとは思うのですが、世論の盛り上がりに貢献するのかどうか」(同)
オープンを祝う式典には、内閣府の酒井庸行政務官も訪れ盛大に行われたが、観光地として周知させるのは厳しいといえる。
日本政府は「竹島は日本固有の領土」と主張しているが、政府の見せかけだけの取り組みの杜撰さが露呈するかたちになってしまった。
(文=松庭直/フリージャーナリスト)