「草案」が、かくも復古調で全体主義的な憲法で国民を縛ろうという発想で貫かれたことについて、策定当時、自民党総裁だった谷垣禎一幹事長は、こう述べている。
「この憲法草案は、我々が野党の時に作りました。与党ですと、もう少し実現可能性を考えたと思います。野党の時は、少しエッジを利かせて問題提起をしようという考えが、かなりこの草案の中には入っております」
問題提起をするために、かなり極端な文言も入れたのであって、現実化する可能性は考えていないということのようだが、現在の自民党総裁である安倍首相の発言はまるで違う。
「私たちはこういう憲法を作りたいと思うから出した。自民党の議論に沿う方向でいけばそれが一番いい」
「わが党の案をベースにしながら3分の2を構築していくか。それがまさに政治の技術といってもいい」
これでは、憲法を論議すること自体、「草案」ベースの改憲の動きに乗せられてしまうのではないかとの疑心暗鬼を生む。共同通信が、今回の参院選の際に行った出口調査で、「安倍晋三首相の下での憲法改正」について賛否を聞いたところ、反対が50.0%に達し、賛成は39.8%にとどまった。これも、安倍氏の憲法観に対する国民の警戒心の現れだろう。
もし、実際に憲法を改正するとなれば、国会の発議を経て国民投票となる。だが、「改憲勢力」の人たちも、イギリスのEU離脱の国民投票のように、国を二分する激しい論戦になり、投票後に悔やむ人が続出するような事態は望んでいないだろう。自民党が、本当に憲法改正は「国民の合意の上に」なされるべきと考えるならば、それなりの時間をかけ、できるだけ多くの人が自由闊達に意見を交換できるような環境を整える必要があるだろう。そのために、おそらく最大の障害である、この「自民党改憲草案」はすぐに引っ込めるべきではないか。
そのうえで、現行憲法と現代社会のありようを、予断を抱かずに議論し合う。もしかしたら、「改憲勢力」にとって、それが目的を達する一番の近道かもしれない。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)