北朝鮮、史上最悪の経済難で餓死者も…人民の不満充満、暴動で金正恩政権“転覆”の危険
北朝鮮は4月、新型コロナウイルス対策で今年1月末に完全封鎖した中国との国境を開放し、貿易を再開していたことが明らかになった。北朝鮮は国連による制裁やウイルスの感染対策の長期化で、首都・平壌市などで3カ月以上も配給を行えず、餓死者が出るなど最悪の経済難に直面。その影響は政権中枢の「平壌のエリート層」にまで及んでおり、金正恩朝鮮労働党委員長は政権転覆の危機に警戒感を強めている。
このため、金氏が先月下旬、朝鮮人民軍の最高幹部を集めて「朝鮮人民軍が百戦百勝するには軍内の規律強化が不可欠だ」と述べ、軍内の汚職や腐敗、士気の低下などを厳しく取り締まるよう指示。金氏の妹、金与正党第一副部長も同時期、軍や国内の治安維持を担当する秘密警察組織である国家保衛省幹部に対して、「人心の動揺を抑えて、人民と軍が一体になって国家を防衛しなければならない」と強調するなど、党内序列ナンバー1の金委員長と事実上のナンバー2である与正氏は国内の引き締めに躍起となっている。
「第2の苦難の行軍」
中国税関当局の海関総署は「5月の中朝間における商品輸出入の規模は6331万5000ドル(約68億円)で、4月の2400万3000ドル(約27億円)に比べ163%増加した」と発表した。北朝鮮の輸入額は5月の貿易額全体の92%を占め、その大半は食糧や生活必需品だったという。
中朝両国は4月初旬、北朝鮮側の要請により貿易再開について協議したが、中国は北朝鮮からの新型コロナウイルスの流入を恐れて、国境貿易の再開を拒否したと伝えられている。しかし、その後、金委員長が習近平中国国家主席に電話し、食糧調達や貿易再開協議を懇願したことで、習氏が応じ、担当当局に対して、北朝鮮が望んでいる食糧や生活必需品などを輸出するよう指示したという。
北朝鮮情報に詳しい「デイリーNK」によると、北朝鮮当局は国内でのウイルス感染は皆無と発表しているものの、実際には感染は拡大し、経済情勢は最悪の状態に陥っており、30万人から300万人の餓死者を出したといわれる1990年代後半の「苦難の行軍」よりも悪化しているという。
また、これまで直接の被害を受けたことのない政権中枢の「平壌のエリート層」の生活も苦境に陥り、「第2の苦難の行軍」との言葉も出ており、一部市民からは「餓死者を出してまで核ミサイルをつくり、さらに制裁を受けなければならないのか」との金正恩指導部に対する不信の声まで出ているといわれるほどだ。
金与正氏が先月中旬、開城の南北共同連絡事務所の爆破を予告し、実際に決行したのは、民心が揺らぐほどの経済難により内部の動揺が高まったことで、状況悪化の責任を韓国に転嫁するためだったという。
金与正氏と金委員長の連携プレー
このように、金指導部はぎりぎりまで追い込まれており、国内の引き締めに躍起となっている。金委員長は6月の党中央軍事委員会拡大会議の予備会議で、「軍内の規律は鋼鉄のごとく硬く強いものでなければならず、軍人の自堕落な姿勢はすべてを破壊しかねない」などと述べて、「6月を軍の規律確立の月に指定する」と命令。これを受けて、軍の監視監督機関を統括する金委員長直属の「軍政指導部」は軍内での任務時間での飲酒や喫煙を禁止し、兵士のけんかや暴力沙汰、兵営からの脱走、命令なしの戦線離脱などの軍規違反を厳しく取り締まることを決めた。
軍政指導部は4月に発足したばかりで、軍総政治局をはじめ、軍団司令部と将官級の私生活まで検閲、現場で逮捕もできる強大な権限を持つ金委員長直属の秘密親衛部隊だけに、金委員長が軍事力強化のための軍の引き締めに動いたといえる。
一方、南北共同連絡事務所の爆破を事前に予告するなど強硬派ぶりをあらわにした金与正氏は、金剛山や開城工業区、南北の非武装地帯などへの軍の再駐留を明言するなど軍との連携を誇示。そのうえで、「朝鮮労働党と国家に忠誠を尽くせば、脱北者の親族であったとしても、その赤誠を尊重しなければならない」などとも述べて、国民の人心掌握に乗り出す構えで、正恩氏に次ぐナンバー2としての存在感を示した。
しかし、その後、すぐに金委員長が「対南軍事行動計画の保留」を発表したが、これは「こわもての与正氏」「余裕の金委員長」という両者の役割分担であり、国内引き締めのための計算された連携プレーとの見方も出ている。
なぜならば、今、北朝鮮軍が韓国に軍事行動を起こせば、ただでさえ食糧不足などの経済難に陥っている北朝鮮の民衆は動揺し、「食糧一揆」さえも起こりかねず、政権転覆の可能性も捨てきれないからだ。金与正氏が強硬な発言をして、軍を含む北朝鮮の国民をハラハラさせて、最高指導者の金委員長が与正氏の発言を否定すれば、国民は安心し、金委員長を讃嘆し、政権は安定するという図式で、金委員長の発言は安定を求める民心を考慮したものといえるのである。
(文=相馬勝/ジャーナリスト)