2015年に六代目山口組から割って出て、神戸山口組を設立させた立役者といえば、当時の肩書でいうと、四代目山健組・井上邦雄組長、二代目宅見組・入江禎組長、俠友会・寺岡修会長、池田組・池田孝志組長、正木組・正木年男組長といわれていた。
この「5人の大御所」のなかでも、特に正木組長は神戸山口組設立に関して中心的な役割を果たしていたと業界関係者のなかではいわれていたのだが、その正木組長が8月7日付けで、神戸山口組の若頭補佐という重職だった二代目黒誠会・剣政和会長と共に引退していたことが判明したというのだ。
「7月下旬には、正木組長は剣会長と共に、引退を申し出ていると噂になっていました。池田組長が神戸山口組の執行部から退いてしばらくした後【参考記事「神戸山口組へ大物武闘派が移籍」】、正木組長も総本部長の職を退任し、執行部を外れて、舎弟に直っていたんです。この退任劇の際も、神戸山口組内部で何かが起きているのではないかと噂になっていました。神戸山口組の発足時、正木組長が果たした役割りには大きなものがあったと見られていたからです。反面、そのため六代目山口組サイドから正木組長に向けられている目は厳しいものがあったといわれていました」(ヤクザ事情に詳しい記者)
結果、正木組長は執行部からの退任だけに留まらず、今回引退することになり、神戸山口組を去ったというのである。
一方で、神戸山口組から離脱し、今後は一本(独立組織)で運営を行なっていくと表明した五代目山健組は、8月20日に会合を開催。執行部の増員が図られたというのだ。
「新たに若頭補佐が2名増員されたようだ。その席上で、現在拘留中の中田浩司(五代目山健組)組長の帰りを待っている、いわゆる“残留派”といわれる山健組直系組長らに対して、なんらかの処分を下すべきだという話も出たというのだ。残留派の直系組長らも『あくまで自分たちの親分は、中田組長である』と表明しているといわれていたのだが、離脱派は、中田組長の意向に背いて、神戸山口組に彼らが残っていることを問題視し出したのかもしれない。今のところ、離脱した中田組長に対して、神戸山口組から処分などは出されていない。対して、山健組離脱派が、残留派に対して処分を下すような事態になれば、それは『神戸山口組に残る者は、山健組として認めない』ということになってくるのではないか」(業界関係者)
現在、五代目山健組は離脱派と残留派に“分派”したような形で、両組織が互いのスタンスを一定程度は認め合っているようにも見えるが、仮に残留派に処分が下されるようなことがあると、それはもう「山健組の分裂」と表現せざるを得ない状況になるのではないか。
神戸山口組設立後、関係者間でいわれていたのは「ケンカは山健組、資金力では池田組、メディアなどを使いさまざまな戦略を立てているのが正木組」というもの。ところが、現在の神戸山口組は、この3つの重要な組織を失った状態になったのである。
今後、神戸山口組はどうなっていくのだろうか。設立からまる5年、当初とは大きく様変わりした同組の今後に注目が集まる。
(文=山口組問題特別取材班)