複数の人が話し合って犯罪を行うことに合意する――。その疑いがあるだけで罪に問える「共謀罪」が、法案成立に向けて動き出しそうだ。犯罪行為を犯さなくとも処罰することができる共謀罪は、捜査当局により拡大解釈される恐れがあり、不当逮捕や人権侵害につながる可能性も大きい。
1月5日、菅義偉官房長官は記者会見で、テロ対策強化策として共謀罪の新設を柱とする組織犯罪処罰法改正案を、1月20日召集の通常国会に提出する方向で検討していることを明らかにした。さらに10日、自民党の二階俊博幹事長は通常国会での成立を目指す考えを明らかにしている。
共謀罪は、2003~05年に小泉純一郎政権が3回にわたって国会に提出したが、野党や日本弁護士連合会、そして世論の反発が強いことから、成立が断念された。今回、突如として共謀罪成立に向けた動きが出てきたのは、2020年東京五輪・パラリンピックに向け「テロ対策の一環」と強調することで、国民の理解を得られるとの読みがある。さらに、「国民の理解を得られなくとも、現状であれば数の力で成立できる」(自民党幹部)との思惑もある。つまり、最後には安倍政権が得意とする“強行成立”戦法が控えている。
対象になる犯罪は膨大
そもそも共謀罪の議論は、国連が2000年に採択した「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(国際組織犯罪防止条約・パレルモ条約)の締結がベースとなっている。条約を締結するためには、共謀罪など国内法の整備が必要とされている。同条約は16年8月1日現在187の国・地域が締結しており、G7(先進7カ国)で未締結なのは日本のみとなっている。
この国際条約は、国際組織犯罪について、特定の行為の犯罪化や国際協力等を幅広く条約という法的拘束力のある形式で定めている。日本政府は20年の東京五輪・パラリンピックに向け、テロ対策上で各国と連携を強化する必要があるとし、国際組織犯罪防止条約を締結するためにも共謀罪の創設が必要としている。
ところが、国際条約はテロ対策に主眼を置いたものではない。マフィアなどのマネーロンダリング(資金洗浄)対策などを中心としており、政府が主張する「テロ対策のため」という理屈には無理がある。条約は、あくまで「テロ資金」を取り締まるための意味合いが強い。
共謀罪は、複数の人間が話し合って、ある特定の犯罪を行うことを合意(共謀)しただけで成立し罪に問える。通常、犯罪行為とはその具体性が罪に問われるもの。話し合いをもって合意すれば罪に問われるとなれば、極端な話、居酒屋で酔っ払った勢いで、上司が気に入らないから制裁を加えようと怪気炎を上げ、その場にいる複数人が同意すれば罪に問われることになる。
このため、これまでの法案作成作業では、共謀罪の対象を「組織的犯罪集団」に限定する方向で検討されている。ただ、1月7日付産経新聞によれば、国際条約の規定では懲役・禁錮4年以上の犯罪が対象となることから、共謀罪の対象になる犯罪は676に上るとしている。このなかには、テロ行為とはまったく関係のない、道路交通法や公職選挙法なども含まれている。民進党幹部は、次のように指摘する。
「組織的犯罪集団とは何を指すのか明確ではない。警察がその集団を組織的犯罪集団と認定すればよいだけで、誰でも組織的犯罪集団の一員になる可能性がある。拡大解釈がされる可能性は高く、共謀罪は非常に危険な法律だ」
表現の自由を脅かす可能性
当然、思想の自由や人権への配慮、労働組合など団体に対する正当な活動を制限してはならないといった「配慮規定」は盛り込まれる。しかし、ある憲法学者はこう警鐘を鳴らす。
「配慮規定は人権を侵害する可能性が高い法律に盛り込まれるものだが、その効果はほとんどないのが実態。憲法上の内心の自由や表現の自由を脅かす可能性は非常に高い」
さらに、共謀罪を立件するためには、犯罪に関する話し合いが行われ、合意がなされた事実を証明する必要がある。このため、捜査当局による盗聴や盗撮などが行われる可能性が高まるとの見方は多い。
このように、共謀罪の創設は犯罪の実行がなくても罪に問えるため、犯罪行為を処罰する現在の刑事法体系を大きく逸脱することになる。それでも、安倍政権は共謀罪の創設に突き進む方針だ。
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)