僕は88歳になるまで、12~3冊ほどの著書を出版している。その最初の本は昭和53年(1978年)に光風社書店からの『心が破れてしまいそう・親兄弟にも言えないこの苦しみはなんだ』だ。
その帯には「あなたの息子も、あなたの夫も苦しんでいるかもしれない!!今、初めて明らかにされた同性愛の真実の姿!『薔薇族』編集長がとらえた感動の人間愛ドキュメント!850円」とある。
カバーの裏表紙には薔薇の絵があり、その上に「ROSE BOOKS」とあるから、まだ同性愛の本を出そうと思っていたのだろう。だが僕の本が売れなかったからではないが、すでに経営が行き詰っていたのか、間もなく光風社書店は倒産してしまった。
今から42年前で、まだ本が売れていた時代なので、たしか刷部数も1万2千部と記憶しているが、印税はもらっていなかった。
うれしいことに女性の読者からの読後感が多く寄せられてきたことだ。同性愛の読者は購入したとしても手紙はくれない。女性のほうが理解してくれたようだ。
前書きに僕はこんなことを記している。「同性愛を“薄汚い”と思っている人、“気持ちが悪い”と、先入観から毛嫌いしている人。女好きの年配の男性に、こういう人たちが多いのですが、このような人たちに同性愛を理解してもらおうと思っても、本質的に嫌なのだから、理屈では割り切れないものなのです。
だからと言って、こういった人たちの息子さんに同性愛者が生まれないという保証は何一つないのです。また兄弟のなかにそういう人がいるかもしれないのです。100人中、6.7人は先天的に好むと好まざるとにかかわらず、同性愛者として生まれてきてしまうからなのです。
もし、あなたの子供さんが、あなたのご主人が、あなたの恋人がホモだとしたらどうするでしょうか(ホモという言葉は使いたくないのですが、他に言葉がないのです。アメリカの場合は、ホモもレズもゲイと呼びます)それよりも先に、ホモの人たちってどういう人なのか、あなたは知っているでしょうか?
過去に同性愛の悩みや、苦しみ、また同性愛者でしか分からない喜び、そんなことを書いた本は、ただの1冊もありませんでした。よく取材で来られるマスコミの方々も、同性愛の知識は皆無といっていいでしょう。
マスコミの人たちが知らないことを、一般の人が知っているわけがありません。今まではテレビによく登場してくる助走の男たち、あの人たちをホモだと思っていたのです。ですから本当のホモたちは、人に言わなければ誰にも知られずに隠れられていたのです。
本当のホモの人たちといっても、普通のごく当たり前の市民たちなのです。警察官にだって、自衛隊員にだって、お役人にだって、先生にだって、どこにだっているのです。いるのが当たり前で、外見から見てもわかるものではないのです。
それをある日、突然に自分の息子がホモだと知って泣き叫ぶ母親。病気ではないかと神経科の病院へ、放り込んでしまう母親。自分の亭主がホモだと知って、薄汚いとばかり子供がいるのに、即、離婚してしまう奥さん。
知らないがための悲劇喜劇は後を絶ちません。この本はそうしたときに、どう判断すべきか、そのときの判断の材料にしてもらいたい。知っているのと、知らないのとでは、判断の仕方が違ってくると思うからです。
この世の中で、今時親兄弟にも言えない苦しみ、悩みが存在するなんて、だれも考えられないでしょう。それが現実に存在するのです。ほもであること、これだけは口が裂けても、誰にも言えない。心が破けてしまいそうになるくらい苦しいことなのです。
偶然というか、因縁というか、同性愛の世界をのぞいてしまった一人として、何年も前から考えていたことを、ついに実現させようとしています。それは単行本を世に送り出すことなのです。
同性愛者でない人たちに、同性愛者の悩みや、苦しみを少しでも理解してもらうための本を……(中略)
日本のホモたちはあまりにも暗すぎます。彼らを呼ぶ“隠花植物”という言葉が、あまりにもふさわしいのです。
なんとしても彼らを明るいところへ、陽の当たるところへ、連れ出してあげたい。男が男を愛するということ、どうしても女性を愛せないのだから、これはこれで仕方がないことではないか、人間の業のようなものではないでしょうか。
都会に住んでいて仲間をたやすく探し求められる人たちはいい。地方に住んでいて孤立しているホモたちはあまりにもみじめすぎます。こういう人たちになんとかして生きる希望を与え、連帯感を持たせてあげたい。」
この『心が破けてしまいそう』は、戦後出版されたゲイの本では最初で、画期的な本だろう。今から42年も前のことだから。
「この世の中に、この暗い、隠花植物の世界を明るい陽の当たる世界へ持ち出せる者は僕しかいない。ホモではない人間で、ホモの人たちのためになにかした人は、この日本の歴史にいなかったと断言できます。」
日本という国はだれも僕の残した仕事をほめてくれる人はいない。(もちろん相棒の藤田竜君もそんなことを望んでいたわけではない)
アメリカのサンフランシスコのゲイパレードに招かれて参加したときに、サンフランシスコの黒人の知事から、ぼくの働きに対して表彰状をいただいたことがあってうれしかった。ロサンゼルスのゲイパレードに女房と二人でオープンカーに乗って、つめかけたアメリカ人の人たちの前で、手を振って歓迎に応えた時の感激を今でも忘れることは出来ない。日本人でこんな経験をした人は誰もいない。
現在、88歳、『薔薇族』のスタッフはみんなこの世を去っているが、ネットを通じて、ブログ、ツイッターなどを書き続け、一人でも多くの人たちに同性愛を知ってもらうために書き続けたいものだ。