お酒の過度の安売りを規制する改正酒税法が6月1日施行され、ビールや発泡酒の値上げが相次いだ。スーパーマーケットでは、ビール類の店頭価格が平均して約1割値上がりした。
6月13日付読売新聞は、こう報じている。
「全国約650のスーパーの販売動向を集計している『KSP-SP』(東京)によると、アサヒビールの『スーパードライ』(350ミリ・リットル)の6月1~7日の平均価格は200円(税抜き)と、5月の平均(188円)から6%上昇した。まとめ買い用の6缶パックは1151円と12%も値上がりした。
この影響で、スーパードライの6缶パックの1日平均の販売数量は5月から33%も落込んだ。低価格が魅力の『第3のビール』やチューハイのほか、ワインなども銘柄によって1割前後の値上がりとなり、いずれも売れ行きが鈍っている」
ビール4社が発表した5月のビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)の販売数量は、アサヒビールが前年同月比16%増。キリンビールが同10%増となるなど軒並み増加した。6月の値上げを見越して、5月に駆け込み需要が起きたためだ。
5月下旬に、チラシなどでまとめ買いを宣伝した大手スーパーでは、昨年の5月下旬より40%も販売が伸びたケースもある。
今回の規制は、大手スーパーなどの安売り攻勢に苦しむ中小の業者(いわゆる町の酒店)を守るため、自民党の「街の酒屋さんを守る国会議員の会」が中心となり、昨年の参院選直前に議員立法で実現させた。中小酒店は街の名士で、自民党の支持基盤だから守らねばならない。つまり、選挙対策の側面が大きい。中小酒店主らの政治団体「全国小売酒販政治連盟」は、自民党の議員連盟幹部が支部長を務める党支部などに計140万円を寄附している(2014年の政治資金収支報告書)。
今回の法改正は、消費者の利益を重視する規制緩和の流れに逆行するものだ。仕入れ値に販売管理費を上乗せした額を下回る価格で販売すると、酒類販売免許の取り消しという罰則の対象になる。免許の剥奪という脅しを使って規制強化するのは、企業と行政の健全な関係とはいいがたい。
規制強化でコンビニに客が流れる?
ビールメーカーにとって、安売り規制の強化は諸刃の剣だ。値上げによって、買い控えが起こるのは避けられない。
他方、スーパーなどは安売りの原資にしてきたメーカーからの「販売奨励金」(リベート)が減額されるため、安売りができない状況になった。改正酒税法では、安売りの元凶になるとして、リベートを認めていない。
株式市場では改正酒税法の施行によって、ビール株が買われた。アサヒグループホールデイングスは、5月31日の終値4421円が6月6日の高値4577円へと3.5%上昇した。キリンホールディングスは、5月31日の終値2365.5円が6月6日の高値2566.0円へ8.5%値上がりした。過度のリベートの廃止でビール各社の収益が好転すると判断し、買い物が入った。
メーカーからのリベート減額は、スーパーとコンビニエンスストアの勢力地図に微妙な影を投げかけた。スーパーはメーカーからのリベートでビール類を安値販売し、集客の目玉にしてきた。リベートが減額されるなかで安売りを続けるとすれば、自腹を切らねばならなくなる。その点、もともと定価販売してきたコンビニは、規制後もほとんど値段を変えていない。
スーパーとコンビニのビールの値段が、大きく変わらないのであれば、消費者はスーパーでまとめ買いするのではなく、近所のコンビニを冷蔵庫代わりに使い、その日に飲む分だけ買うことになる。
改正酒税法は、スーパーや酒類量販店の安売りを抑えて、街の酒店を救済することが目的だが、酒店に客が戻ってくる可能性は低い。結局、24時間営業のコンビニに客が流れるのは必然で、街の酒店にプラスに働くとは考えにくい。
規制強化のメリットどころか、街の酒店には安売り規制が逆風として吹きつけることになる。安売り規制という名の“官製値上げ”によって、若者のビール離れが加速するだろう。
飲み放題を禁止?
それでは、居酒屋はどうなるのか。時間限定のビール飲み放題は、居酒屋の集客の目玉だ。しかし、飲み放題は安値販売にあたる。
飲み放題の規制が強まるという観測がインターネット上で広がり、盛り上がった。きっかけは、「NEWSポスト」の『呑んべぇ天国の日本で飲み放題禁止、酒類広告規制の動きも』という記事で、タバコの次は飲酒の規制を厚生労働省が検討していると報じたことだった。
この記事がネット上に拡散し、飲み放題禁止に反対する人たちから、「厚労省はろくなことをしない」などという批判の声が噴出した。
焼き鳥チェーンの鳥貴族は6月7日、2001年7月期の単独決算を大幅に下方修正した。焼き鳥に使う野菜類の価格が高騰したことと、ビールの無料キャンペーンで来客数が想定を大きく上回り、利益率が下がったためだ。
鳥貴族だけでなく、ワタミなどチェーン店を訪れる顧客もビールの値段には敏感だ。飲み放題がなくなれば、客足が落ちることは間違いない。加えて、やまやのような酒類ディスカウント業界にも酒の安売り規制は、ボディーブローのように効いてくるだろう。安売り規制で恩恵を受けるのはコンビニ業界だけという皮肉な結果も予想される。
日本銀行がやっきになって策を講じるものの、なかなか実現しない公約「物価2%上昇」に関しても、酒の安売り規制はブレーキの役割を果たすことだろう。
官製のビール値上げが、皮肉なことにビール銘柄の淘汰に拍車をかけることになるかもしれない。酒の安売り規制は、何もいいことのない天下の悪法だ。
(文=編集部)