1月14日に福岡地裁(足立勉裁判長)で開かれた特定危険指定暴力団・五代目工藤會の野村悟総裁と田上文雄会長に対する論告求刑公判で、検察側が野村総裁に死刑を求刑したことが注目されている(田上会長には無期懲役と罰金2000万円を求刑)。指定暴力団トップに死刑が求刑されるのは、史上初の事態だ。
前編に続き、以前から工藤會関係者の冤罪事件を取材し、四代目工藤會の溝下秀男総裁(故人)との共著もある、作家の宮崎学さんに聞いた。
「推認だけで死刑」への疑問
報道などによると、検察側の論告では「推認」という言葉が目立ち、野村総裁らの事件の関与を裏付けるような証言や証拠は挙げられていない。一方で、一審の無罪判決が二審で懲役20年の逆転有罪判決となった山口組関係者の事件の判例が参照され、「組長が絶対的トップとして君臨する暴力団組織特有の構造」が引き合いに出されたという。
この裁判は、2007年に起こった六代目山口組直系団体である山健組系列の多三郎一家組長の刺殺事件をめぐる組織犯罪処罰法違反(組織的殺人)の事件で、2014年2月に大阪高裁で逆転有罪、15年6月に最高裁で有罪が確定している。
この事件では、兵庫県警が山口組関係者を50人以上逮捕し、携帯電話の通話記録などを分析して「組織的な犯行」と位置づけたことも注目されたが、裁判員裁判の一審神戸地裁は「被告の指揮に基づいた犯行かは合理的な疑いが残る」として、無罪としている。
これに対して、二審大阪高裁では、組織による犯罪と認定した理由を「経験則上、特段の事情がない限り、組長の指揮命令に基づいて行われたと推認すべき」と判示しており、今回の裁判でも「推認」が適用されたのだ。
宮崎さんは、「そもそも、今回の裁判は野村さんたちの逮捕から初公判まで5年もかかっています。ということは、『とにかく有罪にできそうな証拠を集めてこい』と指示を出しまくっていたのでしょう」と指摘する。
「ところが、ロクなものが出てこなかった。証人も数が多いだけで、いずれも野村さんたちの指示が明らかになる証言や証拠は出てきませんでした。そこで、検察は『ヤクザは親分の思いを忖度して行動するのは当然だ』とか『親分なんだから子分の行動はすべて把握しているはずだ』という論理を組み立てています」(宮崎さん)
いわゆる「ヤクザの行動原理」である。
「明確な指示がなくても、『ヤクザとはそういうもんだ』ということで、これまでも多くの親分が逮捕、起訴されてきました。まさに『ヤクザ罪』です。すでに前例が積み上げられてきたわけですが、推認だけで死刑を求刑するとは、さすがに今までもなかったのではないでしょうか。ヤクザの裁判も来るところまで来たな、という印象です」(同)
高裁では減刑の可能性も?
この裁判は、3月に弁護側の最終弁論、8月に判決が予定されている。
「足立裁判長は他にも工藤會関係者の裁判を担当していますが、それらの判例を見ても、求刑通りの判決になると思います」と宮崎さん。
「足立裁判長は、元漁業組合長の事件以外の3件は、すでに実行犯の組員の裁判で野村さんの関与を認定しているんです。これでは、最初から予断をもって審理されるのは明らか。弁護団は、刑事訴訟法第21条で定める忌避理由である『不公平な裁判をする虞れ』を指摘し、憲法37条1項の『公平な裁判所の裁判を受ける権利』が保障されないと抗議しましたが、裁判長の交代はなかったと聞いています」(同)
では、死刑は免れないということだろうか。
「地裁はダメでしたが、高裁は少しはマシかもしれません。かつて、モンロー米大統領が『ヨーロッパの干渉は受けない』と宣言したように、九州の裁判所は『九州モンロー主義』ともいわれています。要するに、中央には素直に従わないんですね。だから、ひょっとすると高裁で『間接証拠だけで死刑にしろ』という検察庁や警察庁の意向に沿わない可能性もなくはない、と私は考えています。いずれにしても、この裁判は暴力団捜査や裁判のあり方、報道の質から裁判官の矜持まで、問われていることは多い。歴史的な裁判といえますね」(同)
この裁判が、今後のヤクザ裁判のあり方を変えることになるのだろうか。今後も目が離せない。
(文=編集部)