共同通信記者、一般人を名指しで「自衛隊を天皇の軍隊にすると唱える人物」…当人に取材せず
「岸信夫防衛相も記者の思い込みに基づく質問に付き合わされて気の毒でしたね」――。ある防衛省幹部は、2月2日の閣議後記者会見における共同通信の石井暁編集委員による質問の様子を見て、こうつぶやいた。
石井氏は防衛省担当の長い記者だが、本サイトで報じたように、元陸上自衛隊の特殊部隊トップの荒谷卓氏が主催する「むすびの里」で昨年末、現役自衛官らを公募して格闘訓練を施したことについて、不法侵入など違法な取材活動を行い、1月23日付で『自衛官に私的戦闘訓練 特殊部隊の元トップが指導』という記事を配信した。確かな裏付けのファクトが何一つなく、荒谷氏本人への取材もないまま、「危険思想を持つ自衛隊OB」という決めつけにもとづいて構成された記事内容は、報道関係者、自衛隊関係者を中心に問題視されている。今回の会見内容について具体的に見ていこう。以下、防衛省のHPから議事録を引用する。
Q(石井氏):特殊部隊の元トップが、陸自隊員に私的な戦闘訓練をしていたといことについて、これは自衛隊法が保秘義務、職務遂行義務、品位保持義務等を定めていますが、それのどこに触れると考えられますか。
A(岸防衛相):(筆者注・石井氏の)報道については承知しておりますが、基本的に勤務外における私的な活動について、防衛省としてコメントすることは差し控えさせていただきたいと思います。
Q:自衛隊を天皇の軍隊にする、あるいは三島由紀夫が持っていた私兵組織の盾の会のような組織が必要だと唱えている荒谷氏が、現職の自衛官、予備自衛官を募集して訓練していることに何ら問題がないと考えられますか。あるいは、この状態を野放しにされるおつもりですか。
A:個人の思想について、逐一コメントすることは差し控えさせていただきたいと思います。その上で、主にイベントについてホームページの情報等を含めて総合的に判断した結果、特段の問題があるとは考えておりません。元自衛官とはいえ、一民間人の方の活動について、防衛省が具体的にどのような確認をしているかということも含めて、防衛省としてはコメントすることは差し控えさせていただきたいと思います。
Q:先週の記者会見で、湯浅悟郎陸上幕僚長は、自衛隊法に基づく品位保持義務に関して指導することがあり得るとおっしゃられました。それについて大臣のご所見を伺わせてください。
A:それは一般論として申し上げられたんじゃないですか。
Q:一般論の話をしている記者会見でなくて、文脈からいってこの話に間違いありません。
A:湯浅さんの会見のことについて、この場で私からコメントすることは差し控えさせていただきたいと思いますが、先ほど申しましたように、その場でですね、ホームページ等の情報を含めて考えますと、総合的に考えて特段問題があるイベントではなかったと考えております。
Q:元特殊部隊のトップが、それも天皇の軍隊に自衛隊をするといって、盾の会のような私兵組織、民間防衛組織が必要だという主張している人のところに、毎年自衛官達を募集して、私的な戦闘訓練していることに、何ら問題がない、何の指導もする気がないと断言されるのですか。
A:自衛隊員が勤務時間外であっても、品位の保持の義務、また自衛隊法を始めとする各種法令を遵守していくこと、厳正な規律を維持することということは当然のことだろうと、こういうふうに思っています。
Q:大臣はこういう動きを推奨されるんですか。
A:推奨するとかしないとかそういう話ではなくて、特に我々として問題があるイベントとは考えていないということであります。
相変わらず、「三島に影響受けた」と決めつけ
以上が会見でのやりとりだが、主なポイントは2つだ。(1)荒谷氏の「私的訓練」が違法にあたるか、(2)荒谷氏が実際に「自衛隊を天皇の軍隊にする、あるいは三島由紀夫が持っていた私兵組織の盾の会のような組織が必要だと唱えている」か、である。
まず、(1)については、岸氏は明確に「ホームページ等の情報を含めて考えますと、総合的に考えて特段問題があるイベントではなかった」と答えており、結論は出ている。
(2)については、前回報じたように、荒谷氏は筆者の取材に「大学生の時、三島氏の日本文化に対する理解や戦後社会の見方に啓発されたことは事実だが、石井氏が言っているような主張はしていない」と答えており、事実誤認だ。それに、現在に至るまで、石井氏だけでなく共同通信サイドからの取材依頼はまったくないといい、直接本人に確認されたことすらない。石井氏は勝手な決めつけで一民間人の名誉を、それも公の場で大きく毀損したことになる。
問題のある記者が野放し
筆者は前回の記事執筆時に石井氏の違法な取材行為について見解をただすべく、共同通信に質問状を送付したが、期限までに回答を得られなかった。共同通信として記事を配信し、全国の地方紙に掲載された以上、組織の責任は明らかだが、同団体は説明責任を果たそうとすらしなかったというわけだ。
今回の石井氏の質問を見る限り、注意したり、問題となった取材行為に対する再調査が行われた形跡はない。つまり、問題行為があったと、荒谷氏本人だけでなく、外部からの指摘があったにもかかわらず、この1週間、野放しにしていたことになる。
荒谷氏、「自分以外への被害があれば抗議する」
荒谷氏にこの件について3日、改めて取材したところ、以下のような返答が返ってきた。
Q:今回の石井氏の質問は一民間人である荒谷氏の思想について取材もなしに決めつけて質問しており、明白な人権侵害だと思われます。率直にどう受け止められておられますでしょうか?
A:極めて遺憾です。私の思想信条をまったく理解せず、故意につくりあげたイメージで人を陥れようとする行為には個人的にも社会的にも危機感を覚えます。
Q:Business Journalを通して共同通信側には質問状を送付しており、共同側は石井氏の一連の不法侵入などの不当な取材活動について少なくとも疑いがあるということまでは承知しているはずだと考えられます。その上で、今回の記者会見で石井氏にまったく反省した様子は見えず、野放し状態が続いております。このような共同通信の企業体質についてどう思われますでしょうか?
A:人を騙し法を踏みにじる行為を平気で為す人が、法に準じて行っている活動を違法性があると強引に誘導する報道姿勢は、あたかも自分たち報道権力こそ正義であり法であるかのような思想に見えます。これは、国家の法とは別に自己を正当化する私法に従って活動する違法集団と同じではないですか。
Q:前回の取材の際は、抗議はされていらっしゃらないということでしたが、今後、石井氏および共同通信に対して抗議するご予定はございますでしょうか? 法的措置は検討されてらっしゃるようであれば、それも教えていただけると幸いです。
A:現状では考えておりませんが、これによって私以外の方、例えば、今回のイベントに参加した自衛官や近隣の住民の方等が社会的不利益を被るような事態になるようであれば、当然検討します。
石井氏のスクープ、「別班」の怪しさ
これだけ一民間人に思い込みで迷惑をかける石井氏である。これまでの仕事についても問題はないかと、筆者で検討してみた。
まず、石井氏が2013年に報じた記事が基になっている『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)から。この本によると、陸上自衛隊内に政府の予算と無関係な資金で活動する「別班」なる秘密の情報部隊がおり、それが中国や韓国など世界各国に展開しているとのことだ。首相にも防衛相にも情報を上げず、陸自トップの陸幕長と防衛省情報本部長しか、その情報は知り得ないという。
この記事と著作の根拠は匿名の陸幕長経験者などの「証言」に基づくもので、組織が存在したことを示す書類などの物証はゼロ、著作中に「録音テープなどは一切無い」旨が書かれてある。非常に信憑性が怪しく、よくこんな内容で編集チェックを通って記事化できたものだと理解に苦しむ。
「闇組織だから証拠はないに決まっている」という反論があるだろうが、このような類の闇組織の存在を示す報道は、トップ経験者などが実名で詳細な証言をするから成立するのであって、どこの誰だかわからないような人間が裏付けもとれないような「証言」をしたといっても、それは「妄言」であって報道するに値しない。
石井氏の著作がいかに信頼性に乏しいかを示す上での一例を示したい。「別班」に従事した関係者の証言として、正規の予算とは関係のない資金が与えられたという。以下、著作の98ページ内から引用する。
「月に2~3度接待して経費を請求したところ、『少なくとも月に数十万円単位』で使えと上官に注意され驚いたという。領収書は一切不要で年間数百万。
『カネを請求する時は、多めに吹っ掛けて請求していた』
資金があまると、自分たちの飲み食いや風俗遊びに使ったという。内部で豪華な宴会を開くこともたびたびあり、金銭感覚は完全に麻痺していた。
『カネを使わないと、仕事をしていないと上官に思われてしまうから』
別班員たちは好むと好まざるをにかかわらず、まさに湯水のように、私たちの払う税金を使っていたのだろう」
正直、こんな独自の「裏金」が防衛省単体で捻出できるとは考えにくく、首相にも報告していないということだから「官房機密費」から出ているのでもないだろう。極めて信頼性が乏しいと言わざるを得ない。
一万歩譲って、もしこのような闇組織が存在し世界規模で展開しているとして、湯浅悟郎陸幕長が昨年末、毎年開催されている日米合同訓練に不参加だったことをどう説明するのだろうか。これだけ中国がせり出して日米同盟の重要性が高まっている今になって、別班が得た独自情報を陸⾃で唯⼀知り得る陸幕⻑が、⽶軍を激怒させるような判断をするのはどうしてなのだろうか。私のような凡⼈には理解できないような、さぞ⽴派なインテリジェンス活動が闇で行われているのだろう。
「辺野古への配備計画」はそもそも検討段階で揚げ足取り
それに、直近の沖縄タイムスとの合同取材による「辺野古に水陸機動団を配備する計画」についての報道だが、これもこの記者会見で岸防衛相が説明しているように、米軍と「共同使用の検討にあたっては、全国の施設・区域について幅広く様々な可能性を検討」するのは当たり前で、その時の図面が出したところで何の意味もない。
当時の陸幕長とニコルソン在日米海兵隊司令官との間の「極秘の合意」があったとしても、日米両政府トップ以外のものは合意とは呼ばない。一般社会でも営業部長同士が「合意」していても、社長同士が納得しなければ意味がないのと同じで、まったくナンセンスな報道だと言わざるを得ない。多くの防衛省幹部も、石井氏からの事務方から文民統制を逸脱するなどの反論があったとの指摘に対し、「政策案件として、防衛省内局と陸幕の間で調整・検討されており、文民統制からの逸脱と言う批判は的外れ」と冷ややかな声も出ている。
共同通信、求められる対応
石井氏の取材活動に問題があることはこれまで述べてきた通りだ。別班はしょせん真偽不明の「闇の組織」で誰も傷つかないが、荒谷氏は実在する一民間人であり、「危険思想を持った自衛官OB」とのレッテル貼りで多大な報道被害を受けている。共同通信は日本を代表する報道機関である以上、その配信記事が日本全体に及ぼす影響は計り知れず、これ以上石井氏により、荒谷氏はもちろん一般人に新たな報道被害が出る前に、共同通信として、なんらかの対応が必要ではないだろうか。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)